27-2.対応策
「なるほど。麻薬の小売りを追いかけていれば、そこから小分けをしている場所を突き止めるまではそんなに難しくない。でも、そこで監視をしていても、追跡できるのはドライバーBとドライバーCだけだから……」
「そういうことよ。ドライバーBは仕事が終われば家に帰るか遊びに行くだけで、ドライバーCはレンタカーを返したら仕事が終わりだから後は一緒。要するに、どちらも麻薬を運搬するための本拠地には戻らないから、監視するだけ時間の無駄なのよ。一杯食わされたわ」
「よくカラクリが分かったね」
「私だけじゃ手詰まりだったわ。一時的に〝虚栄国〟のカジノを閉鎖して、黒服を総動員したの。今でも、ウォルシンガムたちが監視中よ。敵も尻尾を掴まれないように、レンタカー店やドライバーを頻繁に変えてくるから大変だわ」
「でも、尻尾を掴めるんだよね?」
志光が片眉を上げると、ソレルは彼に唇を重ねてきた。
「当然でしょ? 私が価値のある女だということを証明し続けないとね」
「充分してくれていると思うよ」
「良かったわ。それで、今後の計画は?」
「ウォルシンガムから報告があった段階でチームを組んで、麻薬を車に乗せている悪魔を、捕まえるか殺す。人間を殺しても代わりは幾らでもいるだろうから、悪魔そのものにダメージを与えないと駄目だろうね」
「麻薬を運搬するのに出てくる悪魔の数は三人から四人よ。それでこちらの陣容を考えて」
「攻撃をどの程度の規模にするのかは、幹部たちと話をしてみるよ」
「ちょうど良いわ。湯崎が執務室で作戦計画を立てている最中よ」
「確かにちょうど良いね」
志光が相づちを打つと、ソレルは笑いながら彼の服を持ってきてくれた。着替えさせて貰った少年は、彼女の部屋を出ると螺旋階段を上がってドムスの中庭に出る。
執務室には複数の男性が椅子に座り、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。彼らの背後を湯崎武男が歩きながら、何事かを呟いている。
「湯崎さん」
「おう、坊主」
志光が執務室に入ってくると、青いフレームの眼鏡をかけたごま塩頭が彼に気づいて立ち止まった。他の作業者は、無言で少年に会釈するとモニターに向き直る。
「身体は治ったのか?」
「見ての通りですよ。ソレルに看病して貰いました」
「そりゃあ良かった。そうだ。婚約の件、ご苦労さん。女尊男卑国と攻守同盟が成立したんだろう?」
「はい」
「助かるぜ。これで有利に戦える」
「ソレルから作戦計画を練っていると聞いたんですが」
「ああ。準備しなくちゃいけない書類が山ほどあってうんざりする。兵隊を集めるだけでも一苦労だ」
「その兵隊を集めるのを何て言ったんでしたっけ?」
「充員召集だ。自衛隊だと招集命令書だな。魔界日本には何百人もの兵隊をいつも飼っておくだけの経済力は無い。だから普段は普通に別の仕事をして貰うか無職でブラブラして貰って、いざ戦争になったら呼び出しをかけるって寸法だ。呼び出しに応じなければ、軍事訓練修了者に与えられている魔界日本での特権を奪われるか、最悪の場合は殺される。それぐらいのペナルティを用意しておかないと、悪魔を使って戦争はできない」
「はい」
志光は湯崎に頷きつつ、椅子に座って仕事をしている男性陣の中に、元レスラーのタイソンがいることに気づいて目を見開いた。
「どうした?」
「いや、就任式の日に戦ったタイソンさんがそこにいるので……」
「ああ、驚いたか。まあ、そうだろうな。ヤツもここで軍事訓練を受けた悪魔の一人なんだよ。英語のネイティブだし、書類仕事だってこなせる有能な部下だぜ」
「連れてくるなら事前に言って下さいよ。心臓に悪い」
「良いじゃないか、坊主が勝ったんだから。あいつだって、負けたら言うことを聞くって言ってただろ?」
ごま塩頭は笑うとタイソンを呼んだ。元レスラーは椅子から立ち上がり、嬉しそうに片手を伸ばしてくる。
「久しぶり、棟梁。大怪我をしたって聞いたけど、大分回復したみたいだな」
「お陰様で。ここで働いているなんて、思ってもみなかったですよ」
「湯崎は俺のボスだ。あいつにも勝負で負けてるんだ」
「姿が認識できなくなりますからね」
「お前も俺に勝った。何でも命令してくれ。よほど滅茶苦茶じゃ無い限り、言うことを聞くぜ。男の約束だ」
「ありがとう」
タイソンの手を離した志光は、彼に礼を言いつつ湯崎に目線で執務室の出入り口を示した。ごま塩頭は少し首を傾げてから、部下に命令を下す。
「そのまま作業を続けてくれ。俺は棟梁と話をしてくる」
二人は執務室を出ると、中庭を回り始めた。志光は正面を見ながら湯崎に事情を説明する。
「現実世界の日本で、ホワイトプライドユニオンの麻薬ルートを解明しました。一度の運搬で関わっている悪魔の数は、三人から四人だそうです」
「そいつらを攻撃したいんだな?」
「はい。そのために人員を割けるかどうかを相談したいんですが」
「敵の魔物がどれぐらいるかで、こちらが用意する兵隊の数も変わってくる」
「そこまでは、まだ分からないですね」
「じゃあ、あくまでも推定で、一人の悪魔に四体の魔物が護衛としてくっついていたとしよう。悪魔が四人で行動していたとしたら、四人と一六体になる」
「両方合わせると二〇ですね」
「この推計なら、こちらも最低で二〇人は兵隊が欲しいよな」
「同数で二〇かあ……」
「多いと思うだろ? でも、最低でもその程度の人数は集めないと攻撃は難しいぜ。ただ、その規模の戦闘なら、ウチの兵隊じゃ無くて門真の配下を使った方が良い。麻衣に話を通せば、即応で使えるだろう?」
「確かにそうですね。ありがとうございます」
「武装の準備がいるなら美作にも話を通しておくんだ」
「はい」
湯崎に礼を述べて別れた志光は、階段を使ってドムスの二階にあるトレーニングルームを訪れた。鏡張りの室内では、親衛隊の女性たちがトレーニングウェアか下着姿で、筋トレや武術の訓練に励んでいる。
門真麻衣の姿はすぐに見つかった。黒い下着姿に黒色のグローブを填め、同じく下着姿の見附麗奈に持たせたパンチングミットに向かって立て続けにパンチを打ち込んでいる。
彼女の動きはネコ科の肉食獣を想わせる俊敏さだ。観ているだけで惚れ惚れしてしまう。しばらくすると二人は練習を中断し、見学をしていた志光に近づいてきた。
「どうしたんだい?」
赤毛の女性はグローブを脱ぎながら少年に問いかけた。ポニーテールの少女は含みのある表情をしつつ、無言でその場に立っている。