25-5.スタジオズブリ
「改めまして……わざわざ、ここまで来て下さってありがとうございます」
「どういたしまして。そろそろ、本題に入ろうか?」
「は、はい」
「仕伏さんから、ヘンリエットさんが僕と結婚したいと言っていると聞いたんだけど、本当なのかな? もしも、誰かから無理矢理言わされているんだとしたら、正直に言って欲しい。お姉さんがいるから難しいかもしれないけど」
「難しくありません。間違いなく私が言いました。私は、お母様やお姉様と違って、この国で男性を支配して生きていきたいとはどうしても思えないんです。私は支配するより支配される方が好きな性格なんです」
「それで僕を選んだ理由は? 仕伏さんからは、棟梁就任式の時に配った写真を見てくれたという話になっているんだけど」
「そうなんです! お母様が手に入れた鎧の写真を見て〝あ、この人は分かってるな〟って思ってしまったんです。それで、写真に写っている人が誰なのかをお母様に尋ねたら、地頭方さんの名前を教えて貰ったんです」
「なるほど」
「いずれ私はこの国のために誰かと結婚しなければなりません。だとしたら、私の趣味を理解して下さる方が良いと思ったんです。全く趣味が合わない人とは、結婚生活も上手くいきませんよね?」
「結婚したことがないから分からないけど、趣味に理解がない奥さんが、旦那さんの鉄道模型やゲームを捨てて大問題になったという話を聞いたことはあるね」
「私、そんなことをされたら自殺します!」
「しないよ!」
志光が断言すると、ヘンリエットの顔がぱっと輝いた。彼女は流し目を送りながら、座っている椅子の位置を少しずつ少年に寄せていく。
「私達、考えが似ていると思うんですけど……どうですか?」
「少なくとも、趣味はそうみたいだね。ああ、そうだ。ソフィアさんから言われた秋葉原に近い住居も、衣裳やアイテムの保管所も用意するよ」
「嘘! 夢みたいです!」
ヘンリエットはそう叫ぶと椅子から腰を浮かせ、志光の傍らで床に正座する。少年は訝しげな顔つきで少女を見下ろした。彼女は過呼吸を起こしたかのように肩で息を始めている。
「ヘンリエットさん、ちょっと落ち着こう。もう一度、深呼吸をしようか」
危険を察した志光はヘンリエットに対して冷静になるようにと呼びかけた。
「ご、ごめんなさい! 私、もうご主人様と結婚した後の事ばかり想像してしまって……」
「え? ご主人様って……」
「志光さんのことですよ。だって、私と志光さんが結婚したら、志光さんが私のご主人様ですよね?」
「いや、まあ、そうなるのかな? ちょっと分からないんだけど……」
「私、命令するよりされるのが好きなんです。イニシアティブを取って貰わないと困ります!」
「ああ、そうそう。ちょっと忘れていただけだよ。大丈夫。イニシアティブはとるよ。ヘンリエットさんは支配するよりされる方が好きなんだよね?」
「はい。それと、もうさん付けは止めてください。呼び捨てでお願いします」
「わ、分かった」
「私、いい奴隷……じゃなかった奥さんになれると思うんです」
「今、自分のことを奴隷って言わなかった?」
「いいえ」
「そうか……」
「それより私の話の続きを聞いてください。もしも、私が志光さんの牝犬……じゃなかった、奥さんになったら何でも命令してくださいね。言うことは必ず聞きますから」
「今、自分のことを牝犬って言ってなかった?」
「いいえ」
「そうか…………」
「それより話の続きをしましょう。命令はHなものでも大丈夫です。私の年齢は気にしないでください」
「いや、さすがに気にせざるを得ないよ」
「気にする? ひょっとして志光さんは〝今、僕は十二歳の小学生とセ×クスしちゃってるよぉ!〟とか声に出して言って興奮するタイプの性癖ですか?」
「逆だから!」
「じゃあ〝今、僕は十二歳の小学生に逆レイプされちゃってるよぉ!〟の方ですか? 私、Mの人はちょっと……」
「そういう意味の逆じゃない! 僕は君ぐらいの年齢の女の子とHなことをするのはどうなのかなって思ったんだよ」
「つまり、私の着替えや入浴を覗きたいだけとか? あ、それともオ×ニー見ていてください系ですか?」
「…………」
志光は親指と中指で両側のこめかみを揉みつつ沈黙した。
この子は明らかにおかしい。悪魔だという点を差し引いても、年齢と比較すると性的な情報に詳しすぎる。恐らく、女尊男卑国の環境が良くなかったのだろう。
このまま会話を続けるのは危険だ。何か話題を変えた方が良い。
そうだ。彼女はアニメが好きだと言っていた。自分はそれほど嗜まないが、多少なら何とかなるかもしれない。
「ヘンリエットさん」
「呼び捨てでお願いします。そうでなければ〝豚〟でも良いです」
「もう、隠さなくなってきたな。まあ、いい。とにかく話題を変えよう。Hなことは確かに大事だけど、そればっかりやって生きていくわけにはいかないんだから、他のことも考えよう」
「他のことというのは?」
「もしも僕達が正式に結婚するのを前提につき合うなら、僕はヘンリエットさ……じゃなかったヘンリエットの趣味についても、ある程度の知識が必要になってくるんじゃないかな? たとえば、アニメとか」
「私の趣味につき合っていただけるんですか?」
「もちろんだよ。それで、君はどんなアニメが好きなの? 東×とか? それともスタジオジブ×とか?」
「スタジオ×ブリよりは、スタジオズブ×の方が好きですね」
「ジブ×の間違いじゃないの? 『魔女の×急便』とか作っているアニメの会社だよ?」
「ズブ×で間違いないです。『魔女の宅急×』じゃなくて『裸女の×急便』を作っているサークルですね」
「…………」
志光は再び親指と中指で両側のこめかみを揉みつつ沈黙した。
ジ×リじゃなくてズ×リ? 『魔女の×急便』じゃなくて『裸女の宅急×』? 日本語をちゃんと理解できないせいで、言い間違いをしているのだろうか?
「うーん……好きなアニメの会社はあるの?」
「はい! ピンクパイ×ップルとルネピ×チャーズと、最近ではメディ×バンクですね。北米版も揃えています」
「…………」
志光は三度親指と中指で両側のこめかみを揉みつつ沈黙した。
ピン×パイナップル? ルネピクチャー×? 知らない名前ばかりだ。しかも、北米版って何だ? 日本版と何が違うのか?
少年は助けを求めて過書町茜がいる場所を振り返った。眼鏡の少女は血が滲むほど唇を噛んで、必死に笑いを堪えている。