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3-2.棟梁

「超人的な腕力も、驚異的なタフネスさも、老化を遅らせる能力も、それらを使うためにはエネルギーが必要だ。電化製品を動かすためには電気が必要なのと一緒だね」

「じゃあ、邪素を吸収していないと、それらの能力は発揮できないんですか?」

「そうだよ。ただの人とほとんど変わりが無くなる。違う点は、魔界に行けるかどうかだけかな?」

「でも、邪素には人間を悪魔化させる効果があるんじゃないんですか?」

「石油はプラスティックを作るのにも使えるし、燃料としても使える。あまり良いたとえでは無いかも知れないけど、近いのはその辺かな? 初めて邪素を吸収した人間に適性があれば邪素は悪魔化を進行させるけど、それが終わってしまうと後は燃料のようにしか振る舞わないんだよ。ただし、これにも幾つか例外があるみたいだけどね」

「じゃあ、悪魔として能力を発揮し続けたいのであれば、邪素を呑み続けるしかないんですね?」

「そういうことだね。そこで棟梁の話になる」

「え?」

「魔界で領土を所有している棟梁は、その領土で生活する悪魔達に邪素を無料で提供することによって、権力者として認められる」

「それも意味がよく分かりません。魔界では、邪素が実体化しているんじゃないんですか? だとしたら、誰でもそこでは邪素を手に入れられるはずですよね」

「加工していない邪素は飲みにくい上に不味いんだ」

「じゃあ、なんですか? 魔界には邪素を加工する工場があるんですか?」

「あるよ。それも棟梁にとって重要なステイタスだ」

「……すみません。ちょっとだけでいいので、教えて貰ったことを整理する時間を下さい」

「どうぞ」


 麻衣から許可を貰った志光は、口に手を当てて脳内で情報を反芻した。


 悪魔は人間よりもはるかに高い身体能力を持っている。


 しかも、老化しづらい。


 ただし、それらの人間とはかけ離れた能力は、すべて邪素というエネルギー源に依存している。


 この邪素は魔界で実体化するものの、何らかの加工をしないと摂取しづらいようだ。


 そして、その加工は工場で行っているらしい。


 ここが漠然と想像していたものとかなり違う。この部屋もそうだが、自分が考えていた悪魔や魔界とは、最初はただの愛称、次は中世か近世のヨーロッパのような世界だった。有り体に言えば、ファンタジーRPGに出てくる設定のようなものだ。


 しかし、魔界の様相はそれらとはかなり違っているようだ。中世ヨーロッパ風の世界に、邪素を加工して水筒に入れるような工場が存在するわけが無い。


 また、その加工した邪素を棟梁が領土内の悪魔に配布している、というのも予想していなかった。魔界に国家なり共同体なりがあるとして、それを運営するのに必要な経費や労力というのは、常識的に考えれば税収になるはずだ。ところが、クレアや麻衣の口からその話題は今まで一度も出ていない。


 これが領土経営に関わったことの無い悪魔であれば話は分かる。しかし、一人はアソシエーションのメンバー、もう一人は副棟梁だ。


 邪素を無料で提供することに、一体どんなメリットがあるのだろう? 質問をするのだとしたら、この二つが良さそうだ。


「質問しても良いですか?」

「ええ。何かしら?」


 志光の問いかけに応答したのはクレアだった。少年は背筋を伸ばし、彼女の顔を見据えながら言葉を紡ぎ出す。


「棟梁が邪素を配ることに、どんなメリットがあるんですか?」

「領土の維持ね。悪魔であることに固執するなら、邪素を常に摂取している必要があるわ。だから、邪素を簡単に入手できる場所に悪魔が集まりやすいのよ」

「それは分かります。でも、悪魔を集めて何をするんですか?」

「もしもそういう場所を狙ってくる相手がいた場合、たとえば別の悪魔が侵略行為を仕掛けてきた場合、彼らが一緒になって戦ってくれる可能性が高いわ」

「そういう侵略行為は頻繁に起こるんですか?」

「頻繁では無いけれども起こるわ。というよりも、現在進行形で起こっているのよ。貴方が相続した領土で」

「……え?」


 志光は鳩が豆鉄砲を喰らったような面相になり、指の動きを止めた。肩をすくめた麻衣が具体的な事情を語り出す。


「魔界にはちゃんとした行政制度が無い。お役所があって、そこがいろんなサービスを国民に提供、管理する制度が確立しているわけではないってことだよ。もちろん、部分的には機能しているんだけどね」

「それと侵略にどんな関係があるんですか?」

「魔界に存在するコミュニティの大半は、一種の独裁で運営されているんだ。アタシが所属しているコミュニティは、キミの親父さんが独裁者だった。ところが、一郎氏は一年前から行方不明になった」

「なんとなく話が見えてきました。父さんがいなくなって、父さんが管理していた色んなことが分からなくなってしまったんですね? 何か変な言い方かも知れませんが」

「そういうこと。アタシ達は自分達が所属しているコミュニティを〝魔界日本〟と呼んでいる。基本的に日本語が通じる悪魔達が集まっているからだ」

「〝魔界日本〟ですか……随分安直な名前ですね」

「キミが新しい棟梁になったら改名をしても良いが、今はこの名前を使っている」

「はい」

「その〝魔界日本〟には、現実世界の日本と同じように複数の島で構成されていてね。一郎氏が失踪した結果、そのうちの幾つかへの邪素の供給が滞りだしたんだ」

「そのせいで悪魔たちが逃げてしまったということですか?」

「邪素が貰えならいなら、そこにいる理由が無いからね。悪魔の数が減ったところで、別のコミュニティに襲撃されたり居座られたりして、かつての威光はどこへやら……というのがウチの現状だよ」


 説明を終えた赤毛の女性は、もう一度首をすくめて両手の平を天井に向けた。すると、クレアが彼女をたしなめる。

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