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23-1.エリートマゾ男性・仕伏源一郎

 仕伏源一郎しぶせげんいちろうが己の特異な性癖に気付いたのは、彼が十三歳の時だった。幼い頃から同年代の子供に比べると背が高く、知能も人並み外れていた少年は、女子から言い寄られることが多かったのだが、どういうわけか彼女たちに恋愛感情を抱くことが出来ず、かといって同性にも性的関心を持てなかった。


 精通後、定期的に自慰をするようになった仕伏は、自分が興奮するポルノに共通したストーリーがある事を発見した。それは、男性が女性に責められるという内容だった。特に谷崎潤一郎の小説と、沼正三の『家畜人ヤプー』は彼に衝撃を与えた。


 だが、仕伏はそのことを誰にも話さなかった。将来を嘱望された少年にとって、女性に屈服させられたいという性癖は瑕疵以外の何物でもなかった。


 高校を最優秀の成績で卒業し、無事に東京大学へと進学してから、アルバイトで金銭的な自由を得た仕伏は、何度かSMクラブを利用してみたものの、得られたのは空しさだけだった。彼は自分より知力も腕力もある女性に屈服させられたかったのに、ラブホテルにやって来た女性は性的知識が豊富な「だけ」の女性だったからだ。


 現実主義者の仕伏は、それが自分の高望みでしかなく、女性たちが悪いわけではないことをよく理解していた。だから、彼は性的嗜好を妄想に留めるだけに心がけ、学業に専念した。


 大学院を卒業し、老舗の総合商社へ就職した青年は、そこでも上司や同僚に優秀さを見せつけた。そして、商社で働き始めて五年ほど経ったころに、仕事関係で踏瀬ふませという年配の会社社長と知り合った。


 踏瀬はマゾヒストである事を公言してはばからない破廉恥な人物で、ほとんどの女性から嫌われていた。仕伏も彼に同族嫌悪的な感情を抱き、可能な限り仕事以外の付き合いを避けた。


 しかし、知り合って一年ほど経つと、この人物が実は口が堅く鋭い観察眼を備えていることが分かってきた。仕伏は次第に踏瀬に心を許すようになり、一緒にバーで酒をあおっていたある日、とうとうマゾヒストであることを白状した。


「私も踏瀬さんのように、本当は女性から支配されたいんですよ。でもね、ごっこ遊びは嫌だ」

「ごっこ遊びというのは、SMクラブのことですかな?」

「ええ。私が望んでいるのは、本物の支配と服従関係です。でもね、私の身長は一八〇センチを超えている。しかも柔道の有段者だ。そんな私を、腕力で屈服させられる女性がどれだけいると思いますか? もちろん、探せば見つかるでしょうが、私はそれ以外にも女性の外見が美しく、知能が私と同等かそれ以上であることを望んでいるんですよ」

「なるほど、なるほど……それでは、なかなかお相手が見つからないでしょうね」


 踏瀬が相づちを打ってくれると、仕伏は調子づいた。


「今まで生きていて一度も会ったことが無いですね。たぶん、死ぬまで見つからないでしょう。ええ、高望みだと言うことは分かっていますよ。でもねえ、この条件を変えるのは嫌なんですよ」

「それはどうですかね? あなたはまだお若い。それに、実際にプレイをした経験もほとんどないとお見受けします。〝井の中の蛙〟とまでは申しませんが、もう少し広い視野をお持ちになった方が良いのでは?」


 これまで、完璧とも言える人生を歩んでいた仕伏にとって「井の中の蛙」呼ばわりは許せる限度を超えていた。彼はむっとした顔で、カウンターの隣に座っていた踏瀬を睨みつけた。


「じゃあ、踏瀬さんは、そういう女性と出会った経験があるんですか?」

「もちろん、ありますとも。今、お仕えしている女王様が、まさにあなたの言った条件にマッチした存在です」

「その女性が、私に腕っ節で勝てると言うんですか?」

「もちろんですとも。会ってみたいですか?」

「ええ。是非会ってみたいですね!」


 仕伏がぶっきらぼうな調子で叫ぶと、踏瀬は何故か笑いを噛み殺した。しかし、翌朝になって酒が抜けると、エリート青年は自分が年上の商売相手に酷く生意気なことを言ってしまったと後悔した。彼は仕事が終わるとすぐさま踏瀬に電話を掛け、先日の非礼を詫びた。


 ところが、会社社長は鷹揚な態度で仕伏を許すと、次の休日に区が管理する武道場に来るようにと言ってきた。エリート青年は会社社長の求めに応じ、柔道着を持って武道場を訪れた。


 そこには、踏瀬以外に一人の少女がいた。年齢は高校生ぐらいだろうか? 顔つきは西洋人とも東洋人とも言えない不思議な感じだが、魅惑的でかつ非常に整っている。


 身長は恐らく一六〇センチを超えず、手脚も細い。しかし、何よりも髪の色が印象的だ。薄いピンクのロングヘアをギブソンタックに結っている。


「ソフィア女王様だ」


 会社社長に紹介されたブレザー姿の少女は、瞬きもせず仕伏の顔を覗き込んできた。エリート青年は彼女の顔を覗き返してから、踏瀬に忠告した。


「この子が社長の女王様ですか? どれぐらい強いのか知りませんが、背が頭一つ低い女子に私が負けるとも思えませんが」

「仕伏君。君は戦いを始める前から勝敗が決まっていると言いたいのかね?」

「私はこの女の子に怪我をさせたくないんです」

「心配は無用だ。君はどんな技を仕掛けてもいい。なんなら、女王様の顔を殴っても良いんだぞ」

「正気ですか? 私が傷害罪で逮捕されたらどうするんですか? 社長でも責任は取れないんですよ」

「責任をとるつもりはない。何故なら、君は女王様に勝てないからだ。グズグズせず、さっさと柔道着に着替えたまえ」


 踏瀬が小馬鹿にした調子で話すと、ソフィアも鼻で彼を笑った。頭に血が上った仕伏は、その場で服を脱いで柔道着を身につける。


 一方、ソフィアはその場でブレザー、シャツ、スカート、靴下を脱いで下着姿になった。エリート青年は唖然としたが、少女に怪我をさせないように注意しながら彼女の首に手を回す。


 ソフィアはクスクス笑いながら仕伏の柔道着の襟を持った。彼女がその場で身体を捻ると、エリート青年は武道場の畳に身体を叩きつけられた。振り回された拍子に転倒してしまったのだ。


 柔道のように、相手の重心を崩す精緻な技術を彼女が使ったわけでは無い。単に腕力が図抜けて強いだけだった。

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