22-5.八重洲地下街での相談
SUVは空蝉橋を渡って大塚駅南側に出て、そこから一般道を何度か右折してサンシャイン60のすぐ側にある東池袋料金所から首都高速五号池袋線に入り、竹橋あたりで首都高速都心環状線に乗り換え、更に神田橋ジャンクションからほとんどが地下にある首都高八重洲線に入り、東京駅に隣接する地下駐車場、八重洲パーキングで停車する。
その間にソレルは常に自身のスペシャルを利用して敵の追跡を監視、志光は菊虎からの連絡を待ってスマートフォンを眺め、純は後部座席から少年が持っている携帯の画面を必死で覗き込もうとし、ウニカはそんな紫髪の少女をしっかりと押さえつけていた。
「ウニカ。車の中で不審者を監視しろ。怪しい奴が近寄ってきたら撃退するんだ。ただし、相手は殺すな。手に負えなかったら逃げろ」
「……」
志光の命令に自動人形が頷くと、彼女を除く三人は邪素を補給してから車を降りた。少年と紫髪の少女はソレルの案内で階段を上って八重洲地下街に出る。
志光は再びスマートフォンを覗いたが、菊虎から連絡は来ない。少年の顔つきから事情を察した褐色の肌が提案をする。
「東京駅は広いわ。瀬川という悪魔が、何線に乗っているか分からないと迎えに行けないわね」
「広島の出身と言っていたから、東海道新幹線だと思うんだけどなあ」
「私達は予定の時間よりも早く着いているんだから焦る必要は無いでしょう? 地下街で連絡を待ちましょう」
「でも、喫茶店に入るだけの時間は無いよ」
「それでもいいわ。今のうちにもう一つの件を話し合っておきたいの」
「ああ。麻薬のことか」
志光はそう言うと純を盗み見た。紫髪の少女は「美少年、美少年……」とうわごとのように呟いていて、議論に参加できる精神状態ではなさそうだ。
「美作さんはあの調子だから、二人だけで歩きながら話そうか?」
「それが良いわね」
ソレルが同意したので、少年は彼女と腕を組んで広々とした地下街の通路を回遊し始めた。
「まず、結論から言うとホワイトプライドユニオンが日本で麻薬を売っているのはほぼ間違いない。売っている場所は池袋と六本木の二カ所で、どちらもその地域を支配していた反社会的勢力の関係者が行方不明になっている」
「池袋は占領されたゲートがある地域だから分かるけど、六本木で麻薬の密売? ウチのゲートがある麻布十番から二キロも離れてないわよ」
「池袋から六本木に広がったのは、たぶん六本木の方が不良外国人の数が多かったせいだろう。悪魔の間では場所がオープンになっている麻布十番のゲートに手を出さなかったのは、商売が上手くいっているせいだ」
「でしょうね。池袋に続いて麻布十番のゲートにまで手を出して、万が一返り討ちに遭ったら、そこから情報が漏れて商売が駄目になるかもしれない。だから、敢えて近くにあるゲートを見逃したんでしょう。それで、売っている麻薬の種類は? そこまではちゃんと聞いていなかったの」
「オピオイド系鎮痛剤、大麻、コカイン、メタンフェタミンの四種類だって」
「オピオイドはアメリカでは合法的に買える薬物ね。大麻も州によっては合法。コカインとメタンフェタミンは違法だけど、現状ではメキシコの麻薬カルテルがアメリカに密輸しているケースが大半だと言われているわ」
「ホワイトプライドユニオンは正義の使者気取りで、ラテン系のマフィア構成員を殺して麻薬を奪い、日本で売りさばいている。どれぐらいの利益があるか判らないけど、元手がかかっていないから、かなりの金額になるんじゃないかな?」
「元手がかからない、は少し違うわね。間違いなく警察官に賄賂を払っているはずよ」
「ああ。それでマフィアの情報を入手しているって事?」
「地回りの警官で無ければ、犯罪組織がある区域の住民でしょうけど、白人優位主義の集団がラテン系の住民と良好な関係を築くのは難しいような気がするわ」
「なるほど……」
「それで、ベイビーはどうするつもりなの? 私達を攻撃するために必要な資金を、私達のゲートがあるすぐ側で稼がせるわけにはいかないでしょう?」
「もちろん。二通りの対策方法があると思う。一つは池袋のゲートを襲って占領する。これが上手くいけば、麻薬密売を完全にシャットアウトできる。もう一つは、麻薬売買のルートを探って抑える。これが上手くいけば、密売ルートを仕切っている悪魔を倒せるから、池袋ゲートの守備力を下げられる」
「一つ目は相手も予想しているでしょうね」
「僕もそう思う。WPUの本拠地を襲ったばかりだ。ゲートは厳重に警護されているだろうね」
「じゃあ、二つ目?」
「それが理想なんだけど、問題は麻薬を売っている人間をどうやって見つけるかだ。大麻取締官は二名ほど逮捕することが出来たみたいだけど、僕達は犯罪捜査の専門家じゃ無い。それに、そもそも僕も含めて魔界日本の幹部連の外見が密売組織に漏れていても不思議じゃ無い」
「常識的に考えればその通りね。だからといって、私が蝿を使ってのべつ幕なしに池袋のゲート周辺を監視したり、六本木にいる白人を監視するのも非現実的なプランよ」
「だよね。僕が彼らの立場だったら、池袋のゲートは別の穴を掘って利用しているから、監視する以前に新しい出入り口を探さなければならない。正直言って、今の段階で良いと思える方法を……」
志光がそこまで言いかけたところで、スマートフォンの呼び出し音が鳴った。少年は発信者が「瀬川菊虎」であることを確認してからマイクに呼びかける。
「もしもし?」
「あの、初めまして。僕は瀬川という者なんですが……」
スピーカーから聞こえてきたのは、男性とも女性ともつかない中性的な声音だった。それも透き通っていて耳に心地良い。