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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第一章【善悪の彼岸:全悪の悲願】
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ブラック・ダリア

 男は表情を変えることなく、首を左右に振った。


「いいや、違う」


「真理愛は生きてる間、かなりの犯罪組織に関わっていた。その連中はあいつの死後、芋づる式に捕まったが、その中に犯人はいなかった。お前らはまだだ」


「真理愛は常々、情報の取り扱いに注意してたから。本当にばれちゃまずいところは俺たち以外でも隠してると思うよ。君だってあの子が関わっていたのが、あれくらいじゃ済まないことはわかってるだろ」


 真理愛の死に伴い、捕まった人間や壊滅された犯罪組織は何十とあるが、確かにあれが全てとは思えなかった。


 それくらいに、真理愛という人間は裏社会に精通した人間だった。


「俺たちは真理愛とは良好な関係だったよ。彼女はほんと、天才だったからね。彼女ほど上手にクスリを捌けた人間なんていない。今後も出てないことない」


 その言葉に千香も何度も頷いて、補足するように口を挟んできた。


「彼女と私たちの関係は本当に見事だったわ。私たちが仕入れたクスリを、彼女が街の人間や、彼女とつながりのある組織に高値で売ってくれた。もちろん、彼女に報酬ははずんだわ」


「あれとそんな関係だった組織はいくらでもあっただろう」


「そうね。私たちも彼女がどういうネットワークを持ってたか、全貌は把握してないわ」


 千香はそう認めた後、部屋の隅にあった段ボールの一つを開けて、ファイルを取り出した。やたらと分厚いものだ。


「これ、真理愛が過去にあげた売り上げを記録したもの。すごいわよ、累計で億を超えてるもの」


「いや、利益もすごかっただけに、本当に残念だ。ほんと、いやマジで」


 男は深々とため息をつくと、ぐるりと部屋を見渡した。


「どうも警察さんはまだ俺たちのところにたどり着けていないみたいだけど、いつどうなるかわからないからこれから家移りだし。彼女が死んだだけで、うちには被害がでるんだよね」


 やはりこれらの荷物は夜逃げのためだったみたいだ。積み上げられた段ボールを見ながら、思わず鼻で笑った。


「クスリの仕入れだけで、こんなに荷物がいるのか」


「ほとんどは表の活動用だよ。知ってるだろ、自警団なんだ」


 男は自分の右腕につけていた腕章を指さした。


 この『自警団』の存在を知ったのは、真理愛が売人かどうか探っていたときのことだ。


 彼ら『自警団』は表向きでは「渋谷の治安を守る」という名目で、街で不穏な行動をする人間を取り押さえる。時には警察と協力してまで。


 そんな活動が評価され、警察や自治体からいくつも表彰などをもらっている。


 しかし、それは表向きの活動。裏ではクスリを仕入れ、それを売りさばいている。真理愛がその売人の一人だったのを、私が突き止めた。


 彼女からすれば、数ある「バイト」の一つだったのだが。


「傷魅くん、君が俺らを疑うのも無理ないが……君の方が疑わしいよ。真理愛が殺される直前、君に会いに行ったんだろう?」


「知ってるんだな。だから私を監視していたのか」


「そうだね。もし君が犯人で、捕まって俺らのことを証言されたら困るから」


 なるほど、そういうことか。いざとなれば消すつもりだったらしい。


「真理愛が君と対決したときに、協力した俺たちが言うのもあれだけど、真理愛を殺す理由なら君にこそあるから」


「……私が犯人なら、お前らだって無事じゃないだろ」


 男は一度だけ頷いて、立ち上がった。


「そう。保険で監視はしていたけど、犯人ではないと思っていたよ。だから今日になって、どうして君が動き出したのか、知りたいんだ」


 さすが、警察を含めた行政組織を騙し、クスリの売買を広範囲でやりながら今まで生き残ってきた男だと褒めるべきなのかもしれない。


 私が動き出しただけで、ただごとではない「何か」が起こったと推察できてたみたいだ。


「昨日の晩、真理愛から電話があった」


 本当のことを告げたのは、嘘をついても仕方ないから。


 男は目を見開いて、千香はファイルを床に落として、かなり驚いていた。


「……冗談?」


「冗談は嫌いだ」


「好きなものがあるみたいな言い方だね。でも、そうか……。そういうことか」


 男はしばらくうつむいて黙ってしまったが、顔をあげて、今までで一番険しい表情を見せた。


「本物だった?」


「ああ、間違いなく真理愛だった。……私を見つけろ、そう言ってきた」


 男が眉間にしわを寄せて、ため息をついた。


「死んでまで、すごい子だね。いや、死んでいない可能性が出てきたわけか」


「で、でも、警察は間違いなく真理愛だと」


 千香がそう主張したが、男は首を左右に振って「無駄だよ」と笑った。


「彼女なら警察くらい簡単に騙せる。そんなこと、知ってるだろ?」


 その言葉に千香は黙ってしまった。どうやら、私が知らないところで真理愛が警察を騙したことがあるようだった。


「話が長くなってる。お前らが犯人でないなら、私以外で目をつけている奴らがいるなら、教えろ」


「……真理愛を探すの?」


「真理愛を殺したやつには礼をしたい。それだけだ」


「黒き女性の死の謎を追う、か。まるで『ブラック・ダリア』だね。じゃあ、もし真理愛が生きていたらっどうするの?」


 私は口角をいっぱいにつり上げて、笑ってみせた。


「今度こそ、殺してやる」


 男がまたため息をついた。


 そして千香に「あれを出してあげて」と命じた。彼女は不服そうに、さっきの段ボールから、何か短いスティック状のものを出した。


 あまり見慣れていないが、USBメモリーのようだ。


「これは真理愛が生前にクスリを売っていた人間のリスト。好きに使いなさい。それ以外、渡せそうなものはないわ」


 千香がそれを放り投げてきたので、片手で受け取る。


「俺たちが君にしてあげられるのはそれくらい」


 私の中ですでに『自警団』は犯人でなかった。三ヶ月間、視線を感じなかったわけじゃない。


 彼らが犯人なら私を監視する必要もないのだから、必然的に「白」ということになる。


 立ち上がって、何も言わず出て行こうとしたのに、ドアノブを掴んだところで声をかけられた。


「傷魅くん、悪いが監視は続けるよ。でも、困ったことがあれば、何でも言ってくれ。真理愛を殺した犯人なら、俺たちだって見つけたい。君とは違って目的は別だけどね。本当に彼女が生きていれば、また取引したいから」


 納得しかねる話だったが、譲歩もみられたので、ひとまず「わかった」と返事をした。


「あと、この言葉を贈るよ。深淵を——」


「それ、さっき私が言いましたから」


 千香が勝ち誇ったように先手をうつと、男は「え」と驚いた。


「いや……でも、君にはその前の文の方が重要だ」


「前の文?」


 思わず聞き返してしまうと、男は「うんうん」と頷き、人差し指をたてた。


 そしてニヤッと笑って、こう忠告してきた。


「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない」


小説や映画にもなっている「ブラック・ダリア」ですが、実在する殺人事件です。

ダリアがどのように殺されたかを知ると「事実は小説よりも奇なり」と叫びたくなります。

作り物で、あんな残酷な殺し方は思いつかないでしょう。


あ、これにて一章終わりです。

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