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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第一章【善悪の彼岸:全悪の悲願】
6/37

乙女の密告

 5


 真理愛と私はあれから、ごく普通に話すようになった。校内でただ一人、彼女だけは物怖じせず私に近づいてきた。


 でも私は群れるのが嫌いで、一人が好きだった。だから、別に彼女が作るグループに属したりはしなかった。


 彼女も私にそんなことは強要せず、私以外とも親交を深めながら、それでも週に一度は私と二人で出掛けたがった。


 そんなせいか、私は『真理愛から特別扱いをされている人』という認識をもたれ、色んな視線にさらされて生活することになった。


 気にしていなかった。どうでもよかったから。


 そんな変な関係は二年になっても、三年になっても続いた。クラスは十個以上あったのに、不思議と一度も彼女と別れることはなく、席もいつも近かった。


『私と挽歌はそういう運命なのよ』


 彼女は時折、そういって嬉しそうに「うふふ」と笑った。


 三年にもなれば真理愛の地位は絶対的なものになっていた。生徒はもちろん、教師でさえ彼女に意見するのには億劫に感じているようだった。


 彼女は高圧的でも、攻撃的でも、暴力的でもなかった。むしろ優しく、上品で、優等生で、模範的な生徒だったが、彼女の生み出す空気がそうさせていた。


 私も不思議なやつだとは思っていたが、それに違和感を覚えなかった。


 だから、あの変な噂を耳にするまで、私は彼女の「趣味」を知ることができなかった。


 ある日、クラスメイトの一人が廊下で声をかけてきた。


『傷魅さん、あなたもしてるの?』


 主語をすっとばした質問に、思わず「は?」と聞き返してしまった。相手はそれを威圧と感じたらしく、一瞬で青ざめた。


『あ、いや、ごめん』


 怒っていなかったがどういう意味か知りたかったから、続きを促した。


 彼女はおずおずとしながらも、さっきよりも小声で説明した。


『覚醒剤。真理愛さんがそれの売人だって聞いたから、もしかしたらって』


 思わず耳を疑いたくなる言葉だったので、その後彼女と何を話したかは覚えていない。


 混乱したが、真理愛本人に直接聞くわけにはいかなかった。


 いつもみたいに無関心でいればいいのに、どうしてか馬鹿みたいに自分でそれが本当かどうか調べることにした。


 真理愛とは三年になっても一緒に出掛ける仲が続いていたし、その頻度も増えていた。昼食はいつも二人でとっていた。


 それでも、その時間は基本的に彼女がしゃべるだけで、私は相槌をうつことがほとんどだった。


 だから私は真理愛自身が話す以上の彼女を知らなかった。


 柄にもなく、クラスメイトや後輩にいろいろ聞いて回り、真理愛自身の尾行なんかもして、私はその確信を得た。


 彼女は確かに売人だった。


 ショックではなかったといえば、おそらくは嘘になる。でも、衝撃的でもなかった。




『真理愛、手を引け。そうすれば、黙っておいてやる』


 確信を得た翌日、いつもみたいに二人で放課後に出掛けた際、そう言った。


 その日は近所のデパートの最上階にあった水族館に二人で来ていた。


 水族館とは名ばかりで、水槽がいくつか並べられていただけだったので、他に客はいなくて、貸し切りみたいな状態だった。


 薄暗闇の中、真理愛は水槽をのぞいていた顔をこちらに向けて、いつもみたいな笑顔で「やっぱり」と笑った。


『最近、挽歌が私のこと調べてたのって、クスリのことだったんだね』


『気づいてたのか』


『挽歌のことで知らないことないもん。挽歌のことはなんだって知ってる』


 真理愛は「うふ」と笑うと、首を左右に振った。


『ごめんね。挽歌は好きだけど、それは嫌。絶対、嫌』


『何が目的か知らんが、やめとけ。お前、金持ちだろ。売人なんてしなくて——』


 彼女はこちらが言い終わる前に、さっきより力強く首を左右に振った。


『違う。お金なんてどうでもいいの。ねえ挽歌、特別に教えてあげるね』


 彼女は出会ってから一番の笑顔を、私の顔にぐっと近づけてきた。


『私ね、悪いことが好きなの。好きだから、してるの』


『な』


『挽歌、忘れて。私、挽歌にはこっちに来て欲しくない。私ね、挽歌が好きだよ。大好き、こんなに人を好きになったの初めて。だからなの。挽歌はきっと、こちら側にいると、傷ついちゃう』


 全く意味がわからなかった。


 ただ彼女の言う「こちら側」が、陽の当たる場所でないことは察した。


『お前……』


『挽歌、お願い』


 真理愛が上目遣いで懇願してくるのを見て、数年ぶりに動揺というものをした。


 心に決めていたはずなのに、彼女の願いを聞き入れてしまいたい、そう思ってしまった。


 だから、私は——。




 女に案内されたのは、小さなビルの最上階だった。あまりに狭いエレベーターは三人乗ると、隙間がなくなった。


 最上階には部屋が一つだけあり、女はその前で立ち止まり黒人を指さして命じた。


「あなたはここにいなさい。何かあったらすぐ飛び込んでくるのよ」


 自分よりずっと小柄な相手に命じられたのに、男はしっかりとうなずいた。


 女はその返答に満足すると、ドアノブを回して部屋の中へ入っていった。そして私もその後に続く。


 部屋の中央には何もなかった。ただ、四隅は積み上げられた段ボールが何十個とあり、一人の男がその段ボールの個数を数えていた。


 三十代後半。短めの髪の毛がはねて、だらしがない。着ているスーツもよれよれだ。


「代表、真理愛のお友達を連れてきましたよ」


「なあ千香、段ボールは何個あればよかったんだっけ? どうも最近もの忘れがひどくてなあ」


「物忘れだけじゃなく、耳も良くないですね。連れてきたって言ってますが」 


 そこでようやく男の目がこちらに向いた。千香と呼ばれた女が私の背をぽんと押す。


「……久しぶりだなあ、傷魅くん。元気そうでなによりだ」


「人の不機嫌な面をみて元気そうといえる精神病は不治の病なのか」


「性格は病気じゃなくて、障害だから治らないだろうね。適当に座って」


 椅子がないのにそんなことを言ってくるあたり、嫌いだ。でも短くすむ話でもないので、段ボールの一つに腰掛けた。


 男もタイルの床のあぐらをかいて座り、千香は壁にもたれていた。


「女子高生を迎えるのはケーキも何も出せないけど、許してね」


「もう女子高生じゃない。だから、そのことは許してやる。他のことは一切許さないがな」


 男はその答えに苦笑いをして、容赦ないねと呟いた。


「真理愛はケーキがあるだけで、上機嫌になってくれたから楽だったのに」


「あれと同じ扱いをするなら、顔の皮を剥ぐぞ」


「怖いこと言うなあ。その真理愛のことが用件のくせに」


 その通りだが、他人にそう指摘されるのは何か癪だった。そんなこと気にしても仕方ないので、咳払いをして。さっそく話題を切り出す。


「真理愛を殺したのはお前ら『自警団』か?」


 無駄なことを話す気はない。だから単刀直入に、思ってることを口にした。

水族館の雰囲気がすごく好きです。


独り身なんで、そんなとこに行く機会はないんですけど。

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