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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第一章【善悪の彼岸:全悪の悲願】
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善悪の彼岸


 夜の渋谷はうるさい。そして何よりも、温度差が激しい。


 人々の温度差。仕事を終えて疲れ切った人間と、これから一日が始まるんだとはしゃいでいる人間が入り交じる。


 たくさんの人が行き交うスクランブル交差点を渡りながら、周囲に目をやる。スーツ姿のサラリーマン、制服を大幅に改造した女子高生、やたらと厚手のコートを着た若者。


 目的の連中が見当たらない。近くの時計を確認したら、まだ八時半だった。


 もう少し、せめて日付が変わってから来るべきだったかもしれない。


 交差点を渡りきり、目の前のビルの中に入った。酒が欲しい気分だったが、見た目で買えない。仕方なく、二四時間営業の喫茶店に入った。


 コーヒーを買い、交差点を見下ろせる窓際の席に腰掛けた。


 店内は外に比べればまだ静かな方だったが、それでも気が散った。目的の連中を見つければ即座に捕まえてここを去ろう。


 頬杖をつきながら、コーヒーを飲みつつ、真理愛の事件について思い出す。


 三ヶ月前、彼女が受けた「報い」について。


 事件の二日前、つまり店に来た翌日、真理愛は至って普通だったようだ。当たり前のように学校に行き、そして帰っていった。


 おかしなところはどこもなかった、と家族も教師も生徒も口にしている。


 ただ、真理愛のその後の消息は途絶える。家に帰ることはなく、次の朝を迎えた。


 ここに来て、ほんの少しだけ彼女の本性が見える。家族は通報しなかった。一晩帰らないということは、珍しくなかったからだ。


 ただ、学校にも来ていないという連絡を受けて、その異変に気づく。彼女は家に帰らない日があっても、必ず学校には通っていたという。


 胸騒ぎを覚えたという父親が、彼女が消息をたって丸一日が経過した夕方、警察に通報。


 当然、彼女からの連絡はなかったし、携帯は一切通じなかったという。


 警察はすぐに捜索を始めたが、消息など掴めるはずがなかった。しかも捜索といっても、彼女がよく出入りしてたところに警官を寄越しただけ。


 しかし、事態はあることで急展開する。


 一切連絡がとれなかった真理愛の携帯から、両親宛にメールが届いた。文章はなかった。メールには写真が一枚添付されていただけ。


 切断された五本の指が並べられた一枚だった。


 そこからはただの家出少女の捜索ではなくなった。警察はすぐさま体制を立て直し、真理愛が何らの事件に巻き込まれたとして、百名以上を動員した。


 結論だけ言えば、警察がそんなことをする必要は一切なかった。


 その後も真理愛の携帯から、定期的に着信があったからだ。電話に出ても、数秒してから切れる。そんな不可解な電話が続いた。


 鬼さんこちら、手の鳴る方へ。


 誰かが面白がっていた。逆探知や、携帯の電波を警察が掴むのを待っていたんだろう。


 そしてその誰かの思惑通り、警察は携帯の電波を頼りに捜索範囲を一気に狭めた。百名を超える警官が、あのプレハブを、その中で並べられていた「真理愛だったもの」を見つけるのは、半日かからなかった。


 そして夕方のニュースではその猟奇性から、マスコミが大々的に報じはじめ、そこで初めて私は彼女の死を知った。


 当初は「優等生の女子高生が殺された」という悲劇的な報道のされ方をしていたが、数日もすればそれは正しく歪んでいった。


 死んでから初めて、聖真理愛という人間を知った警察は驚き、戦慄した。


 彼女はただの女子高生ではなかった。いや、ただの人間ではなかった。マスコミの取材によると、事件を担当している刑事がこう言ったことがあるらしい。


『人の皮を被った悪魔が、皮を剥がれた』


 それは未成年で殺された被害者に対する言葉ではなかった。


 しかし、聖真理愛という人間を表現するのには、見事だったといえる。




 コーヒーがなくなったので、テーブルに置いたときだった。交差点を行き交う人々の中に、赤い腕章をつけた若い男がいた。まだ大学生くらい。


 知らない顔だったが、とにかくようやく標的を見つけた。


 席を立とうと、テーブルに右手を添えた時、ずっと空きっぱなしだった私の両脇の席に誰かが座った。


 右側には身長が二メートルほどの屈強な黒人の男。この寒さだというに半袖で、腕には英語の入れ墨がされていた。


 そして左側には若い女。こちらは日本人で、店内なのにブラウンのマフラーをしていることを除けばごく普通。歳は……二十代半ばといったところか。


 女は私と目が合うとにっこりと笑った。


「私、この街の観光アドバイザーをしているの。何かお探しなら、手伝うわ」


「……生憎、変わった髪の色だが日本人だ。金づるは他にしてくれ」


「そう。でも、観光アドバイザーは別に外国人だけを相手にしているわけじゃないの。ずっと窓の外を見て、何かを探していたんでしょう?」


「もう見つけた。余計な世話はいらん」


 すると女は「そう」と、急に真顔になった。


「やっぱり私たちを探していたのね」


 女はバッグの中から何かを出した。さっきの男がしていたのと同じ赤い腕章。


「……なるほど、そういうことか」


「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」


 彼女はニーチェの言葉を満足げに使った後、腕章をバッグに戻した。


「あなたが私たちを探っているなら、私たちだってあなたを探っている」


「ご託はいい。お前が『自警団』でどれくらいの地位にいるか知らんが……代表に会わせろ」


 やれやれといった表情をした後、女は席を立った。


「ご案内するわ、真理愛のお友達」


 そして何も言わず歩き出した。私も返事もせず、その後に続く。その私の後ろにさっきの黒人がついてくる。


 いざというときの保険なんだろうが、図体がでかすぎて鬱陶しい。


 店の外に出て、再び街を歩きだすと、さきほどより人通りが少ならったので、小声にもせず普通に尋ねた。


「気配を感じなかったわけじゃない。いつから私を監視していた?」


 女が振り返えると、ブラウンのマフラーがきれいな半円を描いた。


「三ヶ月前よ」


 その答えは端的で、嘘や偽りは感じられなかった。だから驚きもしなかったし、むしろ納得した。


「なるほど。お互い、考えていることは一緒か」


「そういうことね」


 女は再び歩き出し、そして私たちの微妙な関係を口にした。


「お前が真理愛を殺した。……私たちは、お互いにそう思ってるの」


今回、主人公が利用した喫茶店は実在するショップで、一度だけ利用したことがあります。


東京在住の方々はあそこにいつでもいけてうらやましい限り。

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