告白
3
医者曰く、しばらく安静にしろ、とのことだった。
「顔見知りのよしみで警察にも通報しない。その代わりじっとしてな」
いつものように、医者のくせに足をくんで、けだるそうに、自分の爪の手入れをしながら彼女はそう言った。
「ガキ扱いだな」
「十七歳はガキよ。あんたは一人でも生きていけるけど、一人で生きてるってことを知ってるこっちは気が気じゃないの」
また世話好きの説教だ、聞くだけ毒になる。
丸いすから立ち上がり、荷物置きされていたかごの中からモッズコートをとりだして、袖を通してからフードを被った。
「しばらく店は閉じるから、酒は別のとこで買え」
素っ気なく、事務的にそう告げると彼女は舌打ちをした。そして爪から目を離し、こちらをにらんでくる。
派手なマスカラが目立つ目元と、頰についたそばかすに目がいってしまう。今年で三〇歳のはずだが、あまり年齢は感じられない。
日頃の若作りの成果が生きているようだ。
「じっとしてな」
「だから店を閉じると言った」
「店閉じて、どっか行く気でしょ。言っとくけど、今度そんな妙な怪我してきたら通報するからね」
「わかった。次は別の医者を頼るから、紹介状でも書いてくれるか」
彼女は苛立ちが絶頂に達したのか、ああもうっと毒づくと「次の方っ」と大声で、外で待っている患者に告げた。
「治療は終わりよ。さっさっと、どっか行け」
しっしっと手払いをされてたので、私は礼も言わず診療室から出た。入れ替わりに、腰の曲がった老人が入っていく。
頰に張られたガーゼを触ってみる。意外と軽傷で済んだ。昨日の晩は死を覚悟したが、終わってみればこんなものか。
受付で治療費を払うと、受付の看護師から「これ」と言って渡された塗り薬をポケットにいれて、外に出た。
私がこの街に来て、この町医者には何度も世話になった。
昨日の爆発は、直前で何とかかがみ、頭を防御したら、外傷は頰に割れた瓶の破片がかすった程度ですんだ。床に全身を打って、そこら中が痛いが。
ただ、何があったか確認された時、嘘をつくのも誤魔化すの面倒なので、ここを頼った。
あの医者は、昔らからああだ。だから、今回も小言を言われるとわかっていた。それだけですんだのだからよかった。
店の棚は爆発のせいで商品が台無しになり、棚そのものも黒焦げになったので、買い換えとそれに伴う閉店が必要になった。
学校も、働く店もなくなった私は、まさに根無し草だ。
だから——。
たばこを取り出して、くわえて火をつけた。
「暇つぶしをしてやる」
それが望みなんだろ、真理愛。
聖真理愛という人間をもし、何かにたとえろと言われれば、それは『魔性』以外になかった。
彼女はすべてを思い通りにする力があった。古い言葉を使うならカリスマ性とでもいうべきか。
周りは彼女がそこにいるだけで、彼女を中心に動こうとするし、彼女もそれを意図的にはしていないが、そうであって当然だと思っていた。
いや、思うこともしてなかったかもしれない。
それくらい自然に、彼女という人間は多くの人間を惹きつけた。
私が彼女と知り合ったのは、高校一年生のときだった。
群れるのが嫌いだった私はクラスでは常に一人でいた。
対して真理愛は、ものの数日でカーストの頂点に君臨していた。クラスの誰もが彼女に逆らえない空気を作り出した。
そんなものに興味がなかった私だったのに、彼女の方は違っていた。
『傷魅さん』
ある日の放課後、急に声をかけられた。まだ高校生になったばかりだというのに、大人っぽい雰囲気を出しつつ、幼い子供のような純真さを感じさせる声。
『なんだ』
気のない返事をすると、彼女は「うふ」と笑った。
『デートしよう!』
あまりにも唐突で、突拍子もないことで、言葉を失った。何を言われても断る気でいたのに、返事さえできなかった。
真理愛はそんな私の両手を包むみたいに握って引っ張った。
『私ね、傷魅さんが好きみたい。ね、おいしいアイスクリーム屋さんがあるの。一緒に行きましょ』
そのときの彼女の笑顔は、今でも忘れられない。あの顔が、未だに消えない。
結局、断ることもできず、私は彼女とアイスクリームを食べた。彼女は一口食べるたびに「わあ」とか「うーん」とか、とにかくうるさくて、それでいて楽しそうだった。
そんな彼女をしばらくずっと無表情で見ていたが、ある時、なぜか、いまだにどうしてかわからないが、小さく笑ってしまった。
真理愛はそんな私を見ると、本当にうれしそうに笑った。
私たちの関係はその日から始まった。
いや、始まってしまった。
アイスクリーム屋さんって実際「31」くらいしか見たことないですけどね。