星に願いを
【エピローグ】
「お体の調子はいかがですか?」
あと少しで閉店時間というタイミングで、店に現れた公僕は口に出している言葉とは裏腹に、そんなことはどうでもいいという表情をしていた。
だから私も適当な返事をしておいた。
「いつも通りだ」
「そうですか。それはよかったですね」
彼はレジカウンターの奥で座っていた私の前に来ることなく、店内の商品を眺めながら話し始めた。
「一応、ご報告にお伺いしました。本日をもって、聖真理愛さん、大池優子さんの捜査チームは解散となりました。警察はこの二件を、不本意ながら『被疑者死亡』という形で収束させます」
「……そうか」
なんとも言えない報告を、表情を変えないように答えた。
「聖さんが生前に犯した罪については引き続き調査はしますが、以前より力はいれません」
「きりもないしな」
「ええ、その通りでして」
公僕は日本酒を一本手に取ると、それをレジに持ってきて私に差し出してきた。
「割引とかないんですか」
「そんな関係じゃないだろ」
私はごく普通にレジ処理をして、袋にいれたそれを公僕に差し出した。
「ただ、僕以外でも納得できていない捜査員は多いんですよ」
「……お前らが出した結論なのにか」
「そりゃあ、すっきりしないことが多すぎます。あなたと同じ顔をした別人が、大池さんと聖さんを殺したのは自分だと自供して、その後に自殺なんて……あなたに都合が良すぎます」
愛歌の最期について思うと、なんと言えばいいかわからなくなる。
あの夜、私は真理愛をあの近くに埋めた。なるべく星空が見える位置に、血まみれになったコートをかけてやった後、埋葬した。
その後、丸一日ほどその場で何もせずに過ごし、気持ちが落ち着いたところで山から降りた。
そこから数時間もしないうちにパトロール中の警官に確保された。
しかし、その頃には私はもう容疑者でなくなっていた。私が真理愛を殺した後に、一人の少女が警察に自首してきたからだ。
私と同じ顔をした彼女は、大池優子と真理愛の殺害を自白した。
しかも「私は傷魅挽歌に恨みがあり、彼女に罪をきせるために整形した」とも証言した。
警察も半信半疑だったが、彼女が大池優子殺害に利用した凶器と、真理愛の肉片の一部を持っていたことで、態度を一変させた。
しかし、取り調べの途中、彼女が急に苦しみ始め、どす黒い血を吐いた。警察病院へ緊急搬送されたが、そのまま死亡した。
後でわかったことだが、遅効性の毒物を口にしていたらしい。
もちろん、愛歌が持っていた真理愛の肉片は本物の真理愛のものじゃなく分身のものだ。しかし、それを持ってさえいれば、あの事件の犯人と認定される。
大池優子の事件もまた同じだ。自供と証拠さえあれば、警察はそうして事件を終わらせるしかない。
これが真理愛の後始末のやり方だった。愛歌に全ての罪を被せ、捜査を細部までさせないために彼女が自殺することが。
警察は愛歌の正式な身元さえ判明させられないまま、事件の幕引きをすることとなった。
愛歌は最期、何を思ったのだろう。歪な欲望のため買われ、顔を変えられて、それでも真理愛の指示通り全てを背負い、死んだ。
彼女はもしかしたら、本当に……いや、やめよう。憂鬱になるだけだ。
とにかくそれで私は容疑者でなくなり、むしろ被害者になった。警察から逃亡中どこで何をしていたかは聞かれたが、とにかく全部誤魔化した。
そんな騒動から二週間経ち、今日に至る。
「傷魅さん、あなた本当に何も知らないんですか?」
「捜査は終わりだろう。最初から最後まで質問ばかりなんだな」
「わかんないことだらけなもので……とはいえ、もういいです。今日でおしまいなんですから」
公僕は日本酒を受け取ると、愛おしそうにそれを見つめた。
「とにかく終わったんです。今日は家族と祝祭でもしておきます」
彼は踵を返すと、そのまま出て行こうとした。無能ではあったが、警察の中では一番真実に近いところにいたんだろう。
やる気がもう少しあれば、手柄をあげられたかもしれない。私としてはそのおかげで助かったが。
「おい公僕」
「なんです?」
「……じゃあな」
礼を言う気にはなれない。ただ、まあ、別れの挨拶ぐらいはしておこうと思った。
「……ええ、では」
店を出て行く彼の後ろ姿を見ながら、本当に終わったんだと感慨深い気持ちになった。
これで……おしまいだ。
私はまたあの生活に戻る。普通で、平凡で、真理愛のいない日常に。
事件後、私は警察から解放され、まず婆さんのところへ行った。婆さんはただ一言だけ「おかえり」と迎えてくれた。
それでいて他には何も聞いてこなかった。本当にありがたくて、申し訳なかった。
ただ婆さんと違っていたのは美月だ。落ち着いてから、また叩かれる覚悟で謝りに行ったら、顔を見せるなり泣かれた。
それでいて「何してた」「どこにいた」「どういうことだ」と説明ばかり求めてきて、宥めるのに苦労した。
結局、何も答えない代わりに、しばらくは絶対に彼女の言うことをきくという条件で落ち着かせた。
おかげで、ここ最近は毎日あの病院へ行って、治療を受けている。
『自警団』については私もどうなったか知らない。ただ、あの爆発でリベラは死んだようだが、残りの三人は重傷を負いながらも病院に搬送され、治療中に姿を消したらしい。
たぶん、どこかで生きているのだろう。彼らの世界に帰っただけだ。
本当にそれ以外は変わったことはない。無事店を再開させて、常連客の相手をする日常へ戻った。
……それは嘘で、日課ができた。
時間になったので閉店作業を終えた後、前と同じものを買い直したコートを着て私は店を出た。
冬空の下、タバコを吸いながら歩いて、あの場所へと向かう。
あの丘の上は今日も星が綺麗で、あの夜を思い出すことができた。冷たい地面に座り、私は真上を見上げる。
こうして星を見ることが日課になった。別に意味なんかない。ここでこうして星を眺めていたいと思うだけだ。本当にただそれだけ。
深い意味なんか、絶対にない。
星空を眺めていると、流れ星が一つ落ちていった。何かを願おうと思った瞬間、たった一つの願い事を失っていることに、ようやく気がついた。
【完】
これにて完結となります。
最後までお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
2ヶ月の連載期間の間、読んでくださった方、ブックマークしていただいた方、感想をいただいた方、全てが励みとなりました。これからの糧にしていきます。
この作品は自分の中で「何を書いていいかわかんね」と悩んだ挙句、好きなものだけ羅列していってできた物語です。
ですので、サブタイトルも自分の好きな小説であったり曲からいただいたきました。
最後に宣伝を2つだけさせてください。
1つは、ツイッターをやってますので、もしお時間あれば覗いていってください。
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もう1つは、この作品が終わると同時に新作を連載はじめました。
「虚色の絵画」という作品で、この作品ほどはありませんが少し百合っぽい、日常ミステリとなります。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




