君の知らない物語
真理愛の計画は、全て私に繋がる。
彼女の当初の目的は自分を「死者」にすることだったが、それを利用し、あることを画策した。それが今回、私が起こした全ての行動だ。
私に彼女の事件を調べさせて、ここへ辿りつかせる。
これが彼女の計画。もちろん、ここへ来させることは本筋じゃない。ここへ来るまでの道中で、私が追い詰められることが、彼女の目的。
「大池優子を殺したのは、お前だな」
「どーしても必要だったからね。でも、優子は私のこと好きだったし、私のために死んでよって言ったら、泣いて喜んでたよ?」
泣いてはいただろうが、喜んでいただろうか、あの臆病者が。いや、考えても仕方のないことだ、もう忘れることにしよう。
「私がお前のことを調べる。結果として大池優子に行き着き、あいつと繋がりを持つ。重要なのはそこだった」
「優子が適役だったの。他の子も考えたんだけど、あの子が良いかなって思ったの。大正解だったね」
彼女はポケットから果物ナイフを取り出して、それを見せつけてきた。
「これで一刺しだけ」
まるでそれじゃ物足りないと言いたげ。ただ、きっとそうなのだろう。犯罪をこよなく愛する彼女が、ただの殺人で満足できるはずもない。
「大池優子を殺し、その罪を私に被せる。それがお前の計画か」
「そうだね。警察は見事に騙されてくれたよ、本当に学習しないよねえ」
「……そうだな」
私はなんと言うべきかわからなかった。ただもう一つ、確認しないわけにはいかなかったので、率直に聞いた。
「お前はもう一人、買ったんだな。それが、私の身代わり。警察が掴んだ証拠写真に写っていた私は、お前が用意した偽物だな」
それが、あの写真の真相だ。
そう、リベラの話を聞いた段階で気づくべきだった。大切なのは記憶力とはよく言ったものだ。
リベラが真理愛に人を売ったのは高校入学前だ。しかしながら、公僕から聞いた話だと、真理愛が『やっと貯まった』と発言したのは一年前。
彼女はまた別に何かを買う予定だった。それが、私の身代わり。
「挽歌みたいな髪の赤い子、捜すのほんっと苦労したよ。しかも値段も三億円だったし」
真理愛は懐かしむように、目を細めた。
三億。どのようにして彼女がその金を集めたかは知らないが、きっとその学の金額の分だけ彼女は誰かを不幸にしたんだろう。
「お前は私の身代わりを」
「愛歌」
真理愛が私の言葉を遮り、急にわけのわからない言葉を放ったので、首をかしげてしまう。
「は?」
「その子の名前。挽歌の身代わりとして買った女の子、名前は愛歌ってしたの。自分の身代わりにはつけなかったんだけどね」
「……お前」
狂ってる、という言葉さえ出せなかった。
名前の由来を一瞬で理解してしまう。真理愛の「愛」に、挽歌の「歌」で『愛歌』だ。
どうして、人身売買で買った人間にそんな名前がつけられるんだっ。
「……その愛歌とやらを自分の身代わりと同じように整形させて、私とそっくりにした。そして殺す前の大池と行動させて証拠を残した」
「うん。全部、うまくいってるでしょう?」
「……そうだな。これで私に殺人容疑がかかる。当然、私は逃げるしかない。しかも捕まりたくないなら……裏社会へ逃げ込むしかない」
真理愛が「うふ」と嬉しそうに笑った。しかも立て続けに。
「そうっ! さすがだね、挽歌。それが正解だよ!」
手を広げながら喜びを爆発させて、彼女は真の目的を口にした。
「挽歌、捕まりたくないなら――私と一緒に生きよう?」
もしここで私が真理愛を拒めば、私は明日にも捕まるだろう。今日一日はなんとかもったが、あんなものがずっと続くはずがない。
逃げようと思えば、誰かの協力がいるに決まっている。
ただ婆さんも美月もすでに警察が調べているだろう。指名手配された段階で、それは望めない。
じゃあ他に誰がいる? しかも警察から逃れる手段を持っている人間なんて、そうはいない。裏社会の人間を除いて。
「だから……飯塚たちにも手を出したのか」
「うん。飯塚さんや千香さん、コビンもいい人だったけど、もしかしたら挽歌が逃げるのを手伝うかもしれなかったから」
私が持っていた裏社会との繋がりは二つ。一つは『自警団』。だが、彼らはもうすでに私の逃走を手伝える状態じゃない。
だから、私にはもうこの選択肢しかない。目の前の少女を頼る以外、私に助かる道は残っていなかった。
そう、真理愛が三ヶ月前に言っていたとおりなんだ。彼女は私のことをこう言っていた。
『欲しい、支配したい』
本当に、ただそれだけなんだ。
「……ずいぶんと遠回りだな」
「そうだね。でも、仕方ないよ。挽歌を確実に私に繋ぎとめておくには、これが一番だと思ったんだから」
自分を死んだことにする計画をずっと前から企てていて、そしてそれを利用して私を支配するためクラスメイトを殺した。
その罪を被せるため、私や、かつての協力者たちを操った。
やっぱり狂ってる。それ以外、ない。
「ねえ挽歌。私と一緒なら、挽歌は警察に捕まらない。守ってあげる。だから」
真理愛は一歩ずつゆっくりと近づいてきて、そして私の両手を握った。
「一緒に生きていこう?」
首をかたむけて、少し照れくさそう笑う真理愛。これだけ見れば本当にただの女の子だ。
どうしてそれがここまで歪めるのか、狂うことできるのか、理解できない。
私は小さくを息を吐いてから、覚悟を決めて、その手を払いとった。あの水族館と同じように。
「――断るっ」
その答えを予想していたのか、真理愛は表情を変えなかった。払われて赤くなった手の甲を見つめた後、小さくため息をついた。
その息は白くなり、一瞬で世闇にとけて消えた。
「なら捕まるの?」
「お前は勘違いしてる。お前が生きている。そして愛歌も。お前ら二人を警察に突き出せば、計画は終わりだ」
「うーんと……それは無理かな」
なぜかと聞くこともできなかった。真理愛がいつの間にか携帯を取り出して、その画面を見せつけてきた。
写っていたのは病院だった。婆さんが入院しているあの病院。
すぐに彼女が何を言いたいか理解して、寒気が走った。
「今ね、愛歌にこの傍で待機させてるの。お願いしてるのは二つ。挽歌のお婆さんを殺すこと。そして、それが終わったら、焼身自殺をすること」
「な、な……」
「挽歌が私の要求を拒むなら、そうしてもらう。挽歌が私を連れて山を下りて、警察に駆け込むのと、私が愛歌に連絡して実行してもらうの、どっちが早いと思う?」
真理愛がまた「うふ」と笑った。勝利を確信している笑いだった。
そんな勝負、考えるまでもなく真理愛が勝つ。もちろん、病院に簡単に侵入できるとは思えないが、ここまで準備している以上、その算段もついているのだろう。
ここで私が拒めば、婆さんは死ぬ。
「どうして……そこまでする」
「挽歌が欲しいの。私、言ったよ?」
平然と答える真理愛に目眩がしそうになる。
愛歌がそんな命令に従うのかと思ったが、きっとそうするんだろう。真理愛は二人の身代わりに相当過酷な運命を辿らせているが、今のところ、彼女の計画に支障は生じていない。
完全にマインドコントロールしている。
「挽歌……お婆さん大切なんだよね?」
少しだけ身を屈めて、覗き込むように真理愛が私を見てくる。
「あの喧嘩のとき、何をしても挽歌が動じなくて、すごいなって思った。本当だよ? でもね、お婆さんを攻撃した途端に学校をやめるって言ってきたから……やっと弱点を見つけたって嬉しかったんだよ?」
ああ、あの時、あの状況から逃げ出すためにとった行動がこんなことになるとは、本当に……あれは色々と最悪の喧嘩だ。
「本当はね、お婆さんさえ押さえればいいかなって思ったけど、隙を見て逃げ出されそうだったから。だから、挽歌から全部奪うことにしたの。だって、私は挽歌の全部が欲しいだもん」
もし婆さんが誘拐された上で、同じ要求をされたら、一旦はそれに応じただろう。そしてタイミングをみて婆さんを逃し、自分も逃れる術をとったはずだ。
でも今の状況では婆さんはおろか、自分すら守れない。そのうえ、婆さんを人質にとられたら――。
「挽歌、どうする?」
「……警察は直に私が真犯人じゃないことに気づくぞ? お前と違って、私は愛歌と入れ替わっていない。大池が愛歌と行動したなら、髪の毛くらい服についたかもしれない。私のDNAと愛歌のDNAは一致しない」
頭をフル回転させて、彼女を動じさせることを考える。今の言葉だってはったりじゃない。警察は写真しか証拠を持ってない。なら、他のだって捜すはずだ。
DNA判定は絶対にする。愛歌と私はどれだけ似ていても別人だ。DNAは一致しない。
警察が私のDNAを調査するなら、あの店を調べるはず。私の髪の毛などが採集されて、結果は出る。私が犯人でないことは証明されて、真理愛の計画は終わりだ。
まだ希望は残ってる……。
そう思っていたが、真理愛が「なーんだ」と気の抜けた声を出した。
「驚いちゃった。そこに気づいていないんだね、挽歌は」
「……どういう意味だ?」
嫌な予感がする。胸の鼓動が激しくなる。私が見落としている何かが、希望を摘み取ろうとしているのが直感的にわかった。
「ねえ挽歌」
真理愛はまた嬉しそうに「うふ」と笑った。
「赤毛組合って知ってる?」
知らない。なんだそれは。ただ、どうしてか、すごく焦る。
「言ったのに。全てのことに意味はあるって。……挽歌、どうして私が爆弾なんか使ったか、ちゃんと考えてくれた?」
その言葉で、彼女が私に伝えたいことがわかった。だから、頭の中が真っ白になって、絶望に突き落とされた。
それが表情に出てしまっていたのか、真理愛が「大丈夫?」なんて聞いてくる。
「でも、そうなっちゃうよね。驚かせちゃってごめんね?」
「……そうか。そういうことか」
そうだ。真理愛の行動の中で唯一、あの爆弾だけは何の理由もない。あれだけは他の何にも繋がっていなかった。
でも、違う。意味はあった。
そもそも、あの爆発で私が負傷したのは偶然に近い。真理愛はあれで私に怪我を負わせることが目的じゃなかったんだ。
爆発があって、棚が壊れて、私は店を閉じざるを得なかった。彼女の狙いはそれだ。
あの店が使えなくなれば、私はすることがなくなる。真理愛はその状況が欲しかった。
いや、もっといえば私をあの店から遠ざける必要があったんだ。
愛歌にあそこですごさせるために。
「挽歌が店を空けた後から、愛歌が徹底的に掃除して、あそこで過ごしてるよ。挽歌の動きはこっちで把握してたから、鉢合わせしないようにするのは簡単だったかな? あの子が一つだけしたミスも、挽歌は気づかなかったし」
「……カロリーメイトか」
「そう。数減ってたよね? 思わず食べちゃったんだって。気づいてるかなって確認の電話したのは、そのためだったんだよ?」
婆さんを見舞った日の夜にかかってきた電話は、そういうことだったのか。
あそこで私がその異変に気づいているかどうか。真理愛はそれを確認したかったんだ。
「さて、と」
真理愛が上機嫌に口笛を吹いた。
「挽歌、私の勝ちかな?」
考え尽くせることはもうなかった。
いやそもそも、私は彼女を屈服させるためにここに来たわけじゃない。対峙するための武器なんて、最初から何も持っていなかった。
ただただ、自分の考えが間違っていないか確認するために来た。そしてそれは、私の予想を大きく超えて、大筋であっていた。
そして現状では私が彼女に敵うことはない。それもはっきりした。
だから、悔いはない。
「……真理愛、褒めてやる。お前はすごい」
口に出すと、少しすっきりした。高校にいた頃から思っていたが、改めてそう思っている。
真理愛は褒められたことに驚きはしていたものの、すぐに頰を赤めて、体をクネクネとさせて照れた。
「なんか、挽歌に言われると、すっごく照れるなぁ」
「……そうか」
私はゆっくりと、ポケットに手をいれる。結局、今日はこいつに頼りっぱなしだ。
感謝するぞ、爺さん。
「お前の目的は明確で……それでいて、このままいけば完遂されるだろうな」
「……挽歌?」
そう、私に打つ手はない。普通に考えれば、もう完全に積みだ。
ただ、この状況においても真理愛が勘違いしていることを除けば。
「ただ、癪だ」
このまま、彼女の計画通りに物事が進むなんて、気にくわない。それだけは止めてやる。
「挽歌、何して――」
「真理愛、私はな」
ポケットに中で握ったバタフライナイフを、目を瞑りながら取り出した。
「お前ほど、傷魅挽歌という人間が――好きじゃないんだ」
そう告白して、取り出したナイフで自分の右胸に突き刺した。
目の前で真理愛が目を見開き、口元を押さえ、悲鳴をあげる。
ざまあみろ、心底そう思った。
ようやく全ての真相を明かせました。
真理愛の目的、何をしたか、どういう意味があったか。
今までで最長となりましたが、解決編も次で最後です。




