星が瞬くこんな夜に
「二人でここに来るのは久しぶりだね」
あの日を、そしてこれまでの日々を懐かしむような口調にすぐに反論した。
「今日は別に天体観測に来たわけじゃないぞ」
「そう? お星様、すっごく綺麗なのに」
真理愛は両手をいっぱいにひろげて、星空を見上げた。
「でも挽歌と見たら、どんな空でも素敵なんだけどね」
……本当に真理愛だ。当たり前だが。ただ、死んだとされていたし、会うのはあの日以来。目の前にいる彼女こそ偽物の可能性だってあった。
でも違う。彼女は紛れもなく聖真理愛だ。私と一緒に高校生活を送っていた少女だ。
「こんなところに呼び出したんだ、用があるんじゃないのか」
「もー、せっかちさんだなあ。せっかくの雰囲気が台無しだよ?」
なんの雰囲気だと怒る気にもならない。
真理愛は広げていた両手を元に戻して、手袋もしていない掌を「はぁぁ」と息をかけて暖めた。
「どこからお話しようか?」
「最初から、分かるようにしろ」
「うん、そのつもり。でもね、挽歌がどこまでわかってるかで『最初』って変わってくると思うの」
真理愛はけんけんぱをするかのような軽いステップをし始めた。
タン、タン、タン。タン、タン……タン。
そして綺麗に私の目の前で止まった。
途端に、あの甘い香りが鼻孔につきささってくる。脳が揺さぶられる。酔いそうになる。
「ねえ挽歌、まずは挽歌がお話ししてよ。どこまでわかってるの? あ、ううん」
彼女は言葉の最後で急に首を左右に振って否定して、また笑顔になった。
「どこまでわかってくれてるの?」
鬱陶しい訂正だが、それも彼女が真理愛本人である何よりの証拠に思えた。
聞きたいことはこちらの方が多いはずだが、話が進みそうにないので、彼女に従うことにした。
「お前はリベラから人を買った。自分の身代わりだな?」
彼女は当たり前だというように、一度だけ頷いた。
「リベラ、本当になんでも屋さんだったから」
「お前はそいつに整形させて、自分と同じ顔にした。理恵さんたちが気がつかなかったのは意外だが……家族と生活もさせた」
すると真理愛は珍しく、不機嫌そうな顔になった。
「意外じゃないよ。お母さんもお父さんも、優等生な女の子だったら、私と見分けなんてつかなかったんだよ。そういう人たちなの」
私が見ていた限り、理恵さんと真理愛は仲のいい親子だったし、数日前の理恵さんの発狂具合からしても、彼女は娘を愛していた。
ただ、娘はそうでもないようで、それに理恵さんも私も全く気づかなかった。
「一年間。私は高校一年のときに、身代わりの子に私になりきるための教育をしたの。性格、好き嫌い、しゃべり方、家族との思い出。ぜーんぶ、あの子にコピーさせたよ」
信じられない話だが、彼女がこの期に及んで嘘を吐くはずがないから、きっとこれが真実なんだ。
「二年生のときに彼女と初めて入れ替わった。最初は一日おきでね。慣れてきたところで、三日に一度にしたりした。あの子、偉かったなあ」
くすっと思い出し笑いをする彼女に、呆れてものが言えなかった。
自分と同い年くらいの少女を買い、それを自分の目的のためだけに支配した。そしてそのことに一切の罪悪感を抱いていない。
生粋の悪魔だ。
「だが失敗したな。その入れ替わりで、ミスが起きた。だから私はここにたどり着けた」
「プレゼントの件だよね? あれは怒ったなぁ。お母さんにも、あの子にも」
真理愛は頰を小さく膨らませると、そのときのことを語り出した。
「去年の冬には私とあの子はもう一週間に一度くらいしか入れ替わってなかったの。でも、ある日帰ってビックリした。だって、挽歌がくれたプレゼントの箱がないんだもん。ほんと」
彼女はそこでくるりと後ろを向いて、顔を隠した。そして、聞いたことのない低い声のトーンで続けた。
「どうしてくれようかと思った」
ぞくりと背筋に寒気が走った。
「でも、やっぱり嬉しいな。挽歌、私なら挽歌からもらったプレゼントの箱を捨てるはずがないって思ってくれたってことだよね?」
真理愛は笑顔に戻って振り向いた。
「それは、本当に嬉しいよ」
「……ばかばかしい、たまたまだ」
「それでも嬉しい。あのね、中学を卒業したときから身代わりの計画はたててたの。戸籍上、死んでおいた方が将来的に楽だと思ったから」
やはり、そこは飯塚の推理通りだったようだ。
つまり、真理愛は三年前からずっと、犯罪がしやすい環境を作るために行動していたということだ。
「最初の計画じゃ、私と身代わりの入れ替わりの子は学校でもする予定だったの。でもね、高校に入って、それだけはやめようと思ったの。なんでか、わかるよね?」
「……知るか」
「挽歌だよ。挽歌と一緒に過ごすため。だから学校での入れ替わりはやめたの。だから」
真理愛は手を伸ばしてきて、そっと私の頰に触れた。この寒い夜だというのに、それを忘れそうになるほど温かい。
「幸せだったよ」
目を細めて、少し頰を赤くして、彼女はまた笑った。
いつもなら、以前なら、こうされてしまうと何も言えなかったが、今日はそんな気分には到底なれなかった。
「お前の手で殺したのか?」
「……身代わりの子のことかな」
私が頷くと、真理愛は一瞬だけ間を置いたが、あっさり答えた。
「うん」
「……そうか。だから、首がないのは」
「ばらばらにしても整形の痕は見つかるだろうからね。あの子……最期は泣いてた」
私は会ったことがない、真理愛の分身。この日本に生まれ、商品として扱われ、殺されるために買われた少女。
見た目はともかく、境遇は真理愛より、婆さんたち拾われる私に近い。
「挽歌、復習はおしまいにしよ。そろそろ、本題に入りたいんじゃない?」
確かにそうだった。ここまでのは話はもうすでに飯塚ともしていることで、私が知りたい本筋じゃない。
「お前の本当の目的はなんだ」
真理愛はそこで笑顔をやめて、私の瞳を覗き込んできた。まっすぐで、真っ黒な目に吸い込まれそうになる。
「挽歌はどう思ってるの?」
「……お前は私も『自警団』もリベラも操って、ここに私を呼びつけた。お前の最初の計画は、自分を死んだことにすることだったが、私にお前の事件を調べさせる計画は、これとは別軸だな?」
「そうだね。警察を騙すことはずっと前から考えてた。でも、それはとっても簡単なの。でもね、ある時、この事件を利用できると思ったの。正直、私の身代わりなんて、些細なことだよ」
真理愛は「うふ」と笑うと、私から少し離れ、右足を軸にして踊るようにくるくると回り始めた。
「私の本当の計画は、挽歌にここに来てもらうことだよ」
「……お前は」
私は喉の奥にある、真相だと思いたくないものを、星空の下に晒した。
「私を支配するために、こんなことをしたんだな」
真理愛がゆっくりと回るのをやめて、私を見つめる。不思議な沈黙のあと、彼女はまた「うふ」と笑った。
「挽歌、正解だよ」
解決編第1弾というわけですが、ほとんどは復習に近いですね。