生首に聞いてみろ
一瞬で受話器を握っていた手に汗をかき、力がぬけそうになる。誰もいないのに、なにもないのに、思わずふらつく。
『挽歌、元気にしてた? 私が消えて、泣いてくれた?』
こちらが混乱しているというのに、彼女の声はいつもどおり余裕で、上から目線で、嬉しそうだった。
なんとか正気を保つために、自分の額を力一杯殴りつけたら、頭に浮かんでいた彼女の顔がいくつか消えていった。
「……お前は、誰だ」
『ねえ挽歌、私の特別。私を見捨てるの?』
質問の答えは返ってこなかったが、それが何よりの答えだった。こちらと意思疎通をする気はなく、語りかけるだけ。それが聖真理愛という女だ。
また「うふ」という笑い声が聞こえる。
『そんなの、許さないんだから』
「おい、お前」
『挽歌、私の挽歌。早く、私を見つけてね。じゃないと、また……傷つけちゃうんだから』
言い終えると、とても楽しそうに「あはは」という小さく、それでも甲高い笑い声をしばらくさせてから、電話がきれた。
受話器を握ったまま、立ち尽くしてしまう。
間違いなく、真理愛だった。彼女の声で、彼女の言葉で、彼女の性格だ。呪いのように脳裏から離れない、彼女の残り香と一致する。
どうなっている。彼女は殺された。そのはずだ。死体と真理愛のDNAと一致していた。あの公僕からそう聞いている。
じゃあ、今のはなんだ。
「……幽霊にしては、元気そうだ」
そんな空しい強がりを言ってみるが、本当に空しいだけだった。
私を見つけろと彼女は言った。どうしろというのか。彼女はとうに死体になって見つかっている。これ以上、何をしろと––。
「……首か」
そうだ。真理愛の死体はバラバラにされていたが、その肉塊の中から首は見つかっていない。
まさか、あの死体が自分じゃないとでも今更言うつもりか、あの女は。
受話器を戻し、額に手をあてて、天井を見上げて深く息を吐く。ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
落ち着け、冷静になれ、感情を殺せ。
しばらくそうして、正気を戻そうとしていたときに、何か聞き慣れない音が耳に入った。この店に似合わない、妙な機械音。
ピッピッという、携帯電話のアラームに似た小さな音。しかし、この店にはそんな音がするものを置いていない。爺さんも婆さんも機械は苦手だった。
音の鳴る方に足を進める。その間も音は止まらず、むしろ大きく、間隔が早くなっていた。
『また……傷つけちゃうんだから』
楽しそうにそう言っていた真理愛の声が頭に響く。嫌な予感しかしない。
音がしていたのは、入り口近くの棚だった。比較的に安物のワインを並べている棚。生前の爺さんが『ワインへの入門』と名付けていた一角。
いくつも並べられているワインの向こう側に、小さな赤い光が点滅しているのが見えた。
もはや、予想できない方が難しい現実にため息すら出ない。
瓶をどけていくと、正方形の黒いデジタル時計があった。ただ、時計のくせに現時刻は表示していない。タイマーモードになっている。
ただ、あと三秒でタイマーも終わるようだ。
時計にはご丁寧に何か小さな筒状のものが茶色いガムテープで巻き付けられていた。
「……安い演出だな、真理愛」
そんな心底面白くない愚痴をこぼしたのと、時計が「0」を表示したのがほぼ同時。
次の瞬間、目の前のそれが強烈な発光をし、轟音をさせ、炎を起こして爆爆発した。
今回は短めの更新です。
土日は更新しませんので、次回は月曜日となります。