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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第四章【悪の教典:悪の凶展】
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どちらかが彼女を殺した


 コビンは本当に全ての信号を無視した。停車を一度もすることがなかった快適なドライブは、彼のテクニックのおかげで無傷に終わった。


 そんな最速の運転を十五分ほど味わい、目的地に到着した。


 そこはどこかはわからないが、川沿いで倉庫が建ち並んでいた。車から降りても人気は感じない。


 一つの倉庫のシャッターにプリントされていたのは有名な運送会社のロゴだった。


「今ハ使ッテナイ」


 運転席から降りたコビンが説明してくるが興味は無かった。


 彼は私のそういう意思を感じたか、もう何も言わず、黙ってついてくるように促した。私は熊ほど大きい彼の背中についていく。


 やはり体がまだ痛む。迎えがあって良かった。車移動じゃなければ、余計な時間をくっただろう。


 コビンは一つの倉庫の前に立ち止まると、そこのシャッターを四度もノックした。


「入って」


 中から千香の声が聞こえてきて、彼はシャッターを開けた。


 倉庫の中には細長い長方形の窓があるだけで、照明器具は一切なかった。それどころから、物といえる物は何一つなかった。


 その光景がどことなく、あのプレハブを思い出させた。


 そんなただ広いだけの倉庫の中に、千香と飯塚、そして探し求めていた奴がいた。


「リベラ」


 彼はあのときと同じ服装で、両手両足を拘束され、地面に転がっている。私を見上げると、不適な笑みを浮かべた。


「よお、傷魅。見ない間に美人になったな」


 顔中の痣を嘲笑してくる彼に、私も笑って返答した。


「安心しろ。お前もすぐ同じようにしてやる」


 そんな再会の挨拶をした後、彼の傍に立っていた飯塚に目をやる。


「……よく見つけられたな」


「いやあ、偶然だよ。そして、決していい偶然じゃないようだ。というか、偶然ですらない」


 彼の返答に思わず眉間にしわがよる。どういう意味か確認しようとする前に、行く手を阻むように千香が私の前に立った。


「先に言っておくわ。彼は大池優子を殺していない」


「……は?」


「大池優子は彼に殺されていない。私たちが予想していた通りよ」


「それはその男が言ったのか。まさかお前らはそれを鵜呑みにするのか」


 状況から見て、大池優子を殺害したのは間違いなく彼だ。彼女を連れ去ったのは彼で、その後彼女は行方不明になった。他の誰にも殺されようがない。


 それでも千香は首を左右に二度も振った。


「彼はあの夜に大池優子を無傷で解放したそうよ。……その確認もとれたわ」


 その後、千香は私が文句を挟む前に説明してしまおうとまくしたてるように話した。


 『自警団』がリベラを見つけたのは昨晩のこと。彼が渋谷の街を歩いていたところを団員の一人が発見し、そのまま拘束した。


「彼は、あなたを捜していたらしいわ」


「……何を言ってる。捜していたのは私の方で」


「彼は、大池優子を殺したのはあなたじゃないかと言っていたわ」


 意味不明な説明に、何と返していいかわからなくなった。


「でも、そう考えるのは自然よ。あなた、大池優子が裏切ったとき、彼女を脅したらしいじゃない」


 あの夜のことを思い出す。確かに大池の裏切りに気づいた私は、彼女を脅した。そして、間違いなくそれをリベラも聞いていた。


 もしも彼の言うことが本当で、大池を解放していたなら、私を疑うのは不思議じゃない……。


「ま、待て」


 状況の整理が追いつかず、掌を突き出して千香が喋るのをとめた。


「待たない。いいから聞きなさい。あの夜、彼は私たちからの追跡をかわしたあと、大池だけ解放した。今朝のニュース、あなた見た? 警察が大池優子の足取りを掴んだわ」


 千香の話によると、大池優子はここから数十キロ離れた山中でリベラに開放された。そして彼の証言通り、その山の麓の店に彼女が一人で訪れていたことが警察の捜査で判明したらしい。


「私たちが彼を拘束して、その話を聞いたのが昨晩で、そしてマスコミがその事実を報道し始めたのは今朝よ。彼が本当にそうしていないと、こんな話できるはずがないの」


「こいつが解放した後にまた連れ去った可能性だって」


「何度も同じことを言わせないでよ。メリットがないの」


 千香はいい加減にしろといわんばかりの態度で、ため息をついた。


 いや、じゃあ……大池優子を殺したのは……。


 ふと、今の話しである引っかかりを覚えた。どう考えてもおかしい部分があって、そしてその疑問の答えがわかり、一気に血の気がひいていく。


 顔色が変わった私を、千香がどこか哀れむように見ていた。


「何?」


「どうして……こいつは渋谷で私を捜していた?」


 そう、それが引っかかった。どうしてあの街で私を捜したんだ。


「……前に真理愛から聞いていたそうよ。あなたがよくあの街にいるって」


 嘘だ。私はあの街へ滅多に行かない。ましてや『自警団』のことを知るまでは、真理愛につれられて行ったことがあるだけだった。


「……もう、わかったかな?」


 黙っていた飯塚が口を挟んできた。どこか深刻そうな顔持ちが似合わないが、今はそんなことを茶化す余裕もなかった。


「真理愛がこうなるように仕組んでいたんだよ。俺たちの本拠地があるところへリベラをおびき寄せ、確保させたんだ」


「そうとしか思えない。彼女はあなたやリベラ、そして私たちまで操ってる」


 私が大池を捜したのは、彼らに渡されたリストの中に名前があったからだ。


 ただし、そしてそれは真理愛が作成したリストだ。


 そこに彼女が意図的に、私たちのクラスメイトを混ぜて、いつか私が見ることを想定していれば、目立つことはわかっていただろう。


 大池とリベラを結びつけたのも真理愛だ。もし私が大池を調べれば、リベラまで辿りつくことだって読めていた。


 いや、そう仕組んだ。


 大池の事件もそうやって、意図的にリベラを捕まえさせた。警察ではなく、『自警団』に。


 じゃあ、本当に大池優子を殺したのは誰だ。


 あの夜、彼女がその山中で解放されたと知り得たのは、そして彼女を学校の前に遺棄するようなことをする人物。


 もう考える必要もなかった。


「……あいつは、生きてるぞ。今朝、また電話がかかってきて……それで」


 私が最後まで続けるまでもなく、飯塚は「予想通り」と呟いた。


「そうだろうね」


「大池優子を殺したのは真理愛ね。もう状況的に彼女しかあり得ない」


 混乱する私を差し置いて、二人は真理愛が生きていることをあっさりと受け入れた。


「問題は、あの死体は何だって話だけど……」


「ですね。警察はDNAまで一致したと言ってますけど。あと、彼女が何を企んでいるかも」


「だね。さすがだよ。少なくとも、ここまでは真理愛のシナリオ通りなんだろうね」


 二人の会話を聞きながら、私はここに来た目的を思い出した。そうだ、確かめなければ。あの死体について。真理愛ではなかった、真理愛とされたものについて。


 私はゆっくりと不適な笑みを浮かべながら転がっているリベラの元へ進み、膝をついて彼と対峙した。


「リベラ、私は大池を殺していない」


「知ってるぜ。あいつらからそう聞いた」


「そうか、嫌にものわかりがいいな……」


 未だににやにやとしている彼の顔を見て、私は自分の考えが間違ってないと確信を得た。


「お前、真理愛が生きていると知ってたな」


 低い声でそう確認するが、彼は「いいや」と否定した。


「知らなかったぜ」


「そうか。だが、勘づいてはいたんじゃないか?」


 その言葉にリベラが目を見開いた。そして、声をあげて笑い始めた。倉庫の中に、彼の甲高い笑い声が響き、心底不快で、異常に腹が立った。


「傷魅、お前、よくわかったな。そうだよっ、その通りだよっ!」


 私はすぐに立ち上がり、リベラの顔面をブーツのつま先で力一杯蹴飛ばした。


 彼の鼻から血が吹き出るが、構わず私は蹴り続けた。


 悲鳴もあげずただ痛めつけられていた彼だったが、十発をこえたところで、苦しそうな呻き声をあげはじめた。自分でも彼に怒りをぶつけても仕方ないとわかりつつ、何かに怒りをぶつけなければ気が済まなかった。


「傷魅君、できれば状況を教えてくれないかな」


 飯塚が肩に手をのせてきたところで、私は足をとめた。地面には顔を血まみれにしながらも、未だに薄ら笑いをうかべるリベラが転がっている。


「まだわからないのか。お前らの方がプロだろ」


「……どういう意味?」


「真理愛の金は見つからず、何かを買おうとしていた。そして今日、真理愛の死体はあいつじゃないと判明した。それでいて」


 私は足下に転がる男を指さした。


「ここにいるのは万屋だ」


 飯塚は最初は怪訝そうな顔をしていた。しかし、私が言わんとしていることを理解した瞬間に「ああ」と嘆息した。


 続けて千香も「嘘……」と言葉を失う。


「リベラ、お前が売ったんだな」


 私は転がっている彼の髪の毛を掴みあげて、無理矢理顔を合わせる。


「お前は真理愛に人を売ったな。お前らは人身売買をしたんだ。そして、あの死体は真理愛が買った人間だな」

なんと、あと10回を切りました。


そんなこんなで謎が一つ解けたところから今週は始まります。


来週金曜日に完結予定となりました。

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