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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第四章【悪の教典:悪の凶展】
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サボテン


 このタイミングで降ってくる雨に殺意を覚えた。


「……っ!」


 あばらが痛んで、その場で膝をついてしまう。口の中に血の味がするのでつばを吐き出すと、真っ赤だった。


 口の中が切れているので、血の味はおさまらないし、ちくちくと染みて不快だ。


 あの喧嘩が終わって一時間以上が経つが、痛みが中々ひかない。負傷を考えると当たり前だ。


 結局、やはり勝った。五人とも、立ち上がれないくらいに痛めつけて、二度と私に前に現れないと約束させた。


 本当にみっともない奴らだ。五人がかりで女一人も倒せないんだから。


 ただ、前回みたいに私も無傷というわけにはいかなかった。たぶん、あばらが折れたし、そこら中を打撲もしている。確認はしていないが全身痣だらけになっているはずだ。


 顔もかなりの数殴られたから、腫れているだろう。


 そんなぼろぼろの体を引きずりながら、今日のところは帰ることにした。ただ、足が思うように進まない。


 さっきからちょっと進んでは、痛みのせいで止まってしまうということを繰り返している。


 しかもこの冬の夜、冷たい雨が体温まで奪っていく。


 息を整えた後、また立ち上がって一歩ずつ進んでいく。肩が痛いので、そこを押さえながら歩き始める。


 街灯に照らされた夜道が、霞んで見える。やばい……意識が飛びかけている。


『挽歌、自分を大切にして』


 また、真理愛の声が頭の中で蘇り、それで目が覚める。


 頭を振って、思い出を追い出す。


「……黙れ」


 その場にいない真理愛をそう拒絶する。


 誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだっ。


 そんな馬鹿みたいな文句を頭の中でぶつけながら歩いていると、アスファルトの凹凸に足をひっかけて、間抜けに転んでしまった。


 ただ転んだだけなのに、全身に激痛が走る。悲鳴をあげそうになるのをなんとか堪えるが、また意識が遠くなった。


 立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。


「……くそ」


 そうこうしている間に、だんだんと景色がぼやけていく。


 ……やばい。


「……挽歌?」


 誰かに名前を呼ばれた。聞き覚えのある女の声だったが、意識がとびかけるせいで誰だかわからない。


 ゆっくりと顔をあげると、傘を差した白衣の女が信じられないという表情で私を見ていた。


「……医者か」


 あの町医者――名前は確か美月――がそこにはいた。


「あんたっ、何やってんのよっ!」


 彼女はさしていた傘を放りだして、私の元へ駆けよってきた。大声が頭に響いて痛い。


「ちょっと、何よこれ、ひどいっ。何があったわけっ」


 彼女は白衣が汚れることもいとわず、その場で膝をついて私の顔や体を確認する。


「……騒ぐな。……響くから」


「何言ってんのよ。すぐに救急車を――」


 美月が取り出した携帯を力を振り絞って掴んだ。


「ちょっと」


「……やめ、ろ」


 口の中が切れていて、うまく言えない。


 救急車なんて呼ばれたら、事情を説明しないといけない。今は嘘を思いつくような頭じゃないし、誤魔化しきれないだろう。


 病院に通報されれば、警察だって必ず来る。そうなれば、どうなるかわからない。


 美月は私の制止に混乱していたが、意を決したように眼を強く瞑ったあと、携帯をポケットにしまった。


 そして私の体を起こすと背中に担いで、雨に打たれながらゆっくりと進みはじめた。思わぬ行動にビックリしてしまう。


「お、おい」


「うっさい! わがままばっかり言うと落とすわよ!」


 医者とは思えない言葉に、思わず小さく笑ってしまった。


 彼女は小柄で、私を一人で支えきれるわけがなく、私はつま先が引きずられるような形で、彼女の病院へ運ばれた。途中何度か彼女が倒れそうになりながら。  


 こんな人力な救急車はない。そんなくだらない感想がでてきた。





 病院につくと、有無を言わさずに診察室の椅子に座らされた。美月はびしょ濡れになった白衣を脱ぎ捨てて、新しいものに着替えた後、私と向き合った。


「まず聞くわ。事情は」


「話せない」


「この前、女の子がここに来た。腕を折られてた。その子、今朝のニュースになってたわ」


「……そうか」


 少なくとも美月は、私と大池の関係に気づいているだろう。私が彼女に何をしたかも。それでも、私は黙秘するしかなかった。


 彼女も通報する義務があるはずで、私は彼女に「犯罪者になれ」と言ってるようなものだった。


 それなのに、彼女はそれ以上の追求はしなかった。


「……わかった」


 その後、雨に濡れた私の髪をバスタオルで乱暴に拭いたあと、普通に診察を始めた。


「痛かったら素直に言うこと。我慢は許さない」


 そう忠告されたので素直に頷いた。


 顔や腕、体中を調べられた。触診だったので、我慢などできるはずもなく、痛いところは声に出すまでもなく、表情に出ていただろう。


 美月は深刻そうな顔のまま、私の体を調べていた。その間、質問はされなかった。素直に答えないとわかっていたからだろう。


 彼女に喧嘩の後に治療をしてもらうのは初めてじゃないが、ここまで重傷なのは過去になかった。


 診察を終えると、彼女は大きなため息をついた。


「骨にひびが入ってる、肋骨ね。大きいのはそこだけかしら。あとは、傷がいっぱい」


 雑な結果報告にこっちがため息を吐きたくなる。


「医者とは思えないな」


「あんたを患者として扱っても、こっちが報われないだけだもの。細かい結果は教えない。教えたら、また無茶するでしょう」


 なるほど、思ってるほど深刻というわけではなさそうだ。言い渋るのはそういうことだろう。


「まあ、とにかく」


 彼女は頭をかいたあと、さっき私を吹いたバスタオルを渡してきた。


「シャワー浴びてきなさい。その状態で風邪なんて引いたら大変よ」



 

 お湯でさえ染みる体に辟易としながら、なんとか風呂から上がると、私の衣服は全てハンガーにかけられていて、畳まれたパジャマだけが用意されていた。


 仕方ないのでそれを来て脱衣所から出ると、外で待っていた美月が私の手を引いて、奥の部屋へと連れて行く。


「ここ、入院設備はないのよ。私たちの仮眠室ならあるから、そこで寝なさい」


 その仮眠室はベッドが一つだけある狭い部屋だった。彼女は私をそのベッドに座らせた。


 なんとなく、彼女が何をする気かわかったので咄嗟に目を閉じた。


 次の瞬間、バシンッと乾いた音が鳴った。殴られたばかりの頰に、平手をくらったのでかなり痛かったが、表情には出さないようにした。


 ただ、尋常じゃないくらいに右の頰がじんじんとした。


「……怪我人だぞ」


 そんな半ば冗談みたいな小言を、彼女は一切聞くことなく、私の胸ぐらを掴んできた。


 今まで見たことないくらいに鋭く尖った眼で、怒っているのがよくわかる。


「じっとしてろって言ったでしょう! 何よ、何やってのよっ!」


「……なんでもない」


「ふざけんな! そうやって誤魔化して……。こっちがどれだけ、心配しとっ――」


 彼女は言葉の途中で顔を伏せて、胸ぐらを掴んだまま私を前後に揺さぶる。


 世話好きをこじらせていると言えば、簡単なことだろう。そう切り捨ててしまうこともできる。ただ、今日はそんな気にはなれなかった。


 彼女の泣き声を聞けば、大抵の人間はそうなっただろう。


 私が彼女と知り合ったのは、爺さんと婆さんに拾われ、この街に来た直後。慣れない環境で体調を崩した私を、婆さんが引きずるようにここへ連れてきた。


 彼女は私を見るなり「手が焼けそうな子ね」と婆さんに言った。私はそれに対して「信用なさそうな医者だな」と返した。


 そんなおおよそ医者と患者とは思えない出会いをしておきながら、私は怪我をしたらここへ来るようになっていた。生傷が絶えなかった私には、深いところまで詮索しないで治療する彼女の対応が助かったからだ。


 ただご近所ということもあって、街で会えば最近は怪我をしてないかとか、余計な世話を焼いてきた。


 婆さんが入院してからは、酒を買うついでだと言って店に妙に長居していった。


 彼女が私をどういう風に見ているのかなんて考えたこともなかったが、改める必要はありそうだ。


「……悪かった」


 素直にそう詫びた。それでどうにかなるものじゃないことはわかっていたが、それしかできなかった。


 彼女は泣き腫らした顔を上げると、首を左右に振った。


「許さないっ。いい、あんたがちゃんとその怪我を治すまで、絶対に許さない!」


 むちゃくちゃだとは思ったが、それにも素直に頷いた。


「わかった」


「あんた、ちょっとは自覚しなさいよ……」


 美月は私の胸ぐらを放すと、目元を拭い、鼻をすすった。


「あんたは一人で生きてる。それは知ってるわ。でもね、あんたに代わりはいないんだから……。なんかあったら、凪さんが残されちゃうでしょ」


 私に何かあっても、あの人望の塊のような婆さんが孤独になるとは思えない。もともと親族も多くいた人だ。私のせいで縁を切られただけで。


 ただ、そういう反論も今日はやめておこうと思った。言い争いをする気力が無い。私も、そしてきっと美月にも。


 代わりがいない方がいい存在だと思っている。ただきっと、それも改めろということだ。


 ……ああ、もう。何か、むずむずするな。慣れない。


「明日、ちゃんとした検査を受けさせるから。知り合いに頼んで、大事にならないよう細かいところまで調べてもらうわ。全く、世話がやけるんだから」


「……勝手にやいてるだけだろ」


 美月は私の小さな反論に「あ?」と、本当に医者とは思えない返答をしてきた。さっきの喧嘩屋たちの方がまだかわいげがある。

「なんでもない、気にするな」


 彼女は舌打ちをした後、右手を伸ばして、私の両目を覆った。視界が閉ざされ、真っ暗になった。


「眼を閉じて、一分数えなさい」


「……なんだ、これは」


「いいから。医者命令よ」


 聞いたこともない命令に従う必要なんてないが、言うことを聞かないと余計にうるさそうだったので従うことにした。


「いい、数えてあげるから、集中しなさい。一、二、三……」


 眼を瞑り、意味がわからないまま彼女のカウントダウンを聞き入る。


 …………。

サボテンの花言葉は「暖かい心」です。


どこに行くの、こんな雨の中〜♪


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