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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第四章【悪の教典:悪の凶展】
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池袋ウエストゲートパーク


 全力で自販機に頭突きをすると、バンッという音とともに、古びたそれは激しく揺れた。


 周囲にいた奴らが私を異様な眼で見た後、触らぬ神に祟りなしといった様子で足早に離れていく。


 それを気にせず、私は自販機に頭を押しつけて、奥歯を噛みしめた。あまりに力みすぎたせいで、歯が欠けそうになる。


 頭の中に響く真理愛の言葉が、それを何度も思い出す自分が、気持ち悪くて殺してやりたい。


 どうしてこのタイミングであの日のことを、あの言葉を、思い出してしまったのかを考えると吐き気がする。


 大池優子の死に責任を感じている自分が、それを無理矢理慰めようとしていた。


 気にしなければいいのに、いつもみたいに冷たくすればいいのに、できない。


 彼女を殺したのは誰か知らないが、少なくとも、あの時に連れ去られることがなければ死なずには済んだはずだ。


 私が彼女を利用しなければ、こんなことにはならなかっただろう。


「――――っ!」


 声にならない声をあげて、自販機を今度は殴りつけた。中に展示されているダミーの商品が左右に大きく揺れる。


 こんなことをしても仕方ないので、自販機からゆっくり離れて歩き出した。夜の池袋は渋谷よりもにうるさくて、苛立ちが増幅する。


 今日何本目になるかわからないタバコを吸おうとしたが、箱にはもう一本も残ってなくて、力任せにグチャグチャにつぶした箱を地面に投げつけた。


 あの男……リベラを捜さないといけない。何かを知っているなら、あの男だ。


 池袋に来たのは、裏社会に顔を出していそうな連中が多いからだ。『自警団』は渋谷にあるが、私はこの街の方がなじみがある。


 以前はごくたまに学校をサボり、ここへ来ていた。


 目的は特になかった。ただ、ここはそういう奴らが多いから、紛れやすかった。


 地毛ではないだろうが、私のような奇抜な髪の色の奴も、もっと独特な人体改造をしている連中もいた。そして、そういう連中は何かしら怪しいことに手を出していることが多かった。


 この街で見知らぬ連中に怪しげな勧誘をされたことは、一度や二度ではない。


 そのときは興味が無かったから全て無視したが、今になって「もしかして」と思いここへ来た。


 ただ別に知り合いがいるわけじゃないので、さっきからさまよっているだけだ。


 西口公園には若者グループがいくつも溜まっていて、どこも大声で何か騒いでいる。最近はスマホゲームの聖地でもあるらしく、学生やサラリーマンが何人もスマホを片手にうろうろと前も見ずに歩いていた。


 適当に目についた一つの若者グループに近づいていくと、それに気づいた一人が私を見て、眼を見開いた。


「お前、傷魅じゃん」


 そのグループが全員私を振り返る。六人のグループは全員男で、いかにも不良らしいファッションをしていた。


「……誰だ、お前」


 するとグループの全員がドッと笑い声をあげた。うるさくてただただ不快だ。


「お前が有名人だから知ってるだけだって」


 求めてもいないのに一人が説明してきた。どうやらこの街で私は少し有名らしい。


「お前、絡んできたやつ片っ端からのしていったことあっただろ。その髪の色とその話で、お前は結構有名なんだよ」


 自分が知らないところで有名になったところで嬉しくともなんともなかった。


 ただ、会話のとっかかりが掴めたので都合は良かった。


「人を捜してる。顔に十字架の入れ墨が入ってる男だ。リベラと名乗ってるらしい。知ってるか?」


 グループの男達はそれぞれ顔を見合わせた後、全員が首をかしげた。


「さあ。知らねえ」


 表情を見るに、嘘はついていないようだった。


「そうか」


 用が済んだから立ち去ろうとしたのに、一人の男に腕を掴まれた。


「つれねえな。せっかくだから遊んでいこうぜ」


「……忙しい。放せ」


「いいじゃ」


 邪魔だ、うるさい、むかつく。


 そんな苛立ちを右の拳にこめて男の頰に打ち込むと、よく聞き取れない声をあげながら、男が地面に倒れ込んだ。


 歯が折れたらしく、彼の傍に血のついた歯が転がった。


「おいっ、てめぇ!」


 残りの五人が一気に私に詰めかかろうとしたが、ギロッと睨み付けてやったら、全員の顔が青ざめた。


「……邪魔するな。殺すぞ」


 低い声でそう脅すと、彼らは倒れて苦しんでいた仲間を担いで、足早にどこかへ去って行った。


 騒ぎになったせいで公園中の視線が私に集まっていた。


 ――今はあまり目立つべきじゃないな。


 目立つ髪の色を隠すためにフードを被り、私も公園から出た。余計なことをしてしまった。


 ただでさえイライラしているのに、無駄な絡み方をしてきた連中が悪い。ただ、私はああいう行動で有名になっていったんだろうとは思った。


 公園を出てからも、私はそれっぽいグループなどに適当に声をかけていった。


 ただ、誰もリベラなんて男は知らないと言う。十字架の入れ墨をしている奴は珍しくないようだったが、容姿を細かく聞いていくと奴ではなかった。


 そんな聞き込みを続けながら、時折携帯でニュースを確認した。


 どうやら大池が薬物に手を出していたことを警察は突き止めたようで、報道は一斉に真理愛との関係性を唱えだしていた。


 事件については大池がどこかで殺害され、遺体を運ばれて来たことはわかったが、やはり詳細はまだ不明のようだ。


 つまり、役に立つような情報なかった。


 携帯には何度も飯塚や千香からの着信やメールが届いていた。そのどれもが「すぐに戻ってこい」という内容だった。


 全て削除しておいた。


 コンビニでタバコを調達し、再び街に繰り出した。日付が変わったころには学生や社会人は街から消え、ごろつきの割合が増える。


 また聞き込みをしていったが、やはり有益な情報は得られなかった。


 深夜一時を過ぎた頃、私は街灯に背を預けて、タバコを吸いながらまたニュースを確認していた。


「ねえ、あんた」


 ふいにそう声をかけられた。私の前には、この季節だというのにやたらと短いスカートを履いた色黒の女がいた。


 たぶん同い年くらい。日焼けサロン特有の黒い肌に、目元に白いメイク。髪が金色で、数え切れないほどの髪飾りに眼がちらついた。


「……なんだ」


「人、捜してんでしょ」


「そうだ。知ってるのか?」


 すると彼女は馬鹿にしたように鼻で笑って、首を左右に振った。


「でも、知ってる奴がいるって。呼んでこいって言われてんの、来てよ」


 彼女は異様にデコレートした爪が目立つ手招きをして、こちらの返答も待たずに歩き出した。


 明らかに怪しいが、他にあてもないのでついて行くことにした。


 五分ほど歩き、私たちは路地に入り込んだ。人通りも、街灯もなく、真っ暗なのに前の女はそんなのを気にせず歩いていく。


 あるところで女が立ち止まった。


「恨まないでよね」


「……断る」


 私は背後に感じていた気配から逃れるため、前へ一気に駆けだした。その際、邪魔だった女を突き飛ばすと、彼女は小さな悲鳴をあげて尻餅をついた。


 一定距離をおいたところで振り返ると、一人の男が立っていた。厚手のコートにマフラー、それに帽子。顔で確認できるのは私をしっかりと補足している眼だけ。


 私に押し倒された女は立ち上がると、こっちに中指を突き立てた後、走ってその場を去って行った。


 邪魔がいなくなったところで男を向き合い、彼が手にしているゴルフパターに眼をやった。


「お知り合いはどこだ?」


 似たような展開だ。だいたい、察しはついていた。


 男の背後から二人、また別の男達が現れた。そのうちの一人は見覚えがある。


「久しぶりだな」


「そうだな、負け犬」


 リベラに雇われていた喧嘩屋の一人。彼は私の言葉に、顔面に青筋をたてて怒りをあらわにした。


「てめぇ……」


「お前らの遊びに付き合ってやってもいいが、お前は手負いだろ。二人だけ仲間を連れて来たところで、この前と変わらないぞ」


 喧嘩屋が連れて来た二人も、こいつと知り合いなのか、手にした武器を構えたまま私を睨んでいる。あのときの彼らと同じだ。学習能力が無い。


 すると後ろから、また足音が聞こえた。


「……なるほど、五人か」


 首だけ回して背後を確認すると、また二人いた。うち一人はあの夜に肩を折ったやつだ。痛々しくギプスをしている。


「おい、謝れよ」


 ギプスの男が、そう脅してきた。


「お前のせいでありえねぇくらい治療費とられて、報酬もなくて、最悪なんだよっ!」


「知るか」


 そんな泣き言をプロが言うのは本当に情けない。


「助けてやったんだ、感謝しろ」


「ふさげやがって!」


 五人を一度に相手にしたことは、さすがになかった。しかも全員が武器を持っている。どう考えても不利だ。


 それでも――。


「負け犬ども、ちょうどいいから……来い」


 その言葉に前方の男が「は?」と素っ頓狂な声をあげた。飲み込みが悪くてイライラする。


「私は謝らん。それにどうせ痛めつけるのが目的なんだろ?」


 私はポケットからバタフライナイフを取り出し、その刃を連中に向けた。


「私もちょうどイライラしてるから、相手になってやる。ストレス発散だ……一〇分は立っとけよ、雑魚ども」


 その言葉が号令だった。五人が一斉に駆けだしてきた。

このサブタイトルにしたかっただけで舞台を池袋にしました。


好きなんです、IWGPシリーズ。

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