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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第四章【悪の教典:悪の凶展】
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君の名は。

第四章【悪の教典:悪の凶展】



「どうなっているっ!」


 手にした新聞をぐちゃぐちゃに丸めて、目の前のガラステーブルへ投げつけた。


「……さあ?」


「それがわかれば困らないわよ」


 ソファに並んで座った飯塚と千香が、難しい顔をしたまま答えた。そのはっきりしない返答に、苛立ちが増してくる。


 テーブルを叩いてあてどのない怒りをほんの僅かでも解消しよとしたが、とても押さえきれない。


「――どうしてあいつが殺されたっ!」


「知らないって。いいからさ、落ち着きなよ」


「落ち着けてたまるかっ!」


 今度はそのテーブルを蹴ったが、飯塚は「落ち着けって」と主張を変えなかった。


「ここでイライラしてどうなるってものじゃないだろ。まずは状況を確認すべきだ」


 千香がテーブルの上に置かれていたテレビのリモコンを手にして、電源を入れるとニュース番組をかけた。


「スピードでテレビに勝るメディアはないから」


 量販店で見本として置かれていそうなほど大きなテレビに、たまに見るニュース番組が映されていた。


 女性キャスターが私と真理愛の通っていた高校の前から、マイクを握って中継をしている。


『繰り返しお伝えいたします。今朝、一八歳の大池優子さんが遺体で発見されました。大池さんの遺体は学校の前に置かれていて、警察は殺人事件として捜査を進めていると同時に、三ヶ月前に起きた聖真理愛さんの事件との関係性を――』


 朝から伝えられている状況が何一つ変わっていない。


 私が第一報を聞いたのは千香からの電話で、朝方に急に「大変なことになった」と連絡を受けた。


 その頃にはもう各報道番組も大池の事件一色になっていた。数日前から行方不明になっていた女子高生が、何者かに殺害され、その遺体を高校の前に放置されたというセンセーショナルな内容を競うように報じていた。


 それと同時に大池が真理愛とクラスメイトであることから、関係性が疑われている。


 報道によると大池の死因は失血死。鋭利な刃物で心臓を刺されていたらしい。行方不明になった後の足取りは、相変わらず掴めていないようだ。


 とにかく彼女は何者かに殺害され、その口を封じられた。


「……あの男がやったのか?」


「わかるわけないだろ。いやでも、その可能性って」


 飯塚が言いかけて隣の千香に目をやると、彼女は小さく頷いた。


「ありえない。ただ殺すだけなら彼の仕業かもしれない。でもね、私たちの社会で最も重要なのは、見つからないこと。何をしたって、見つからなければいい。でもね、これはおかしいの。明らかに、見せびらかせてる」


 どこかで殺した女の死体をわざわざ高校まで運んだのだから、そういうことになる。隠す気なんてちっともない。


 でも――。


「じゃあ誰だっ! 他にどんな可能性があるっ!」


 そう怒鳴っても、二人はまた首をかしげるだけで答えは返ってこない。


 大池は十字架の男に連れ去られた。私たちが知っているのはそこまでだ。その後ことだって、わかっていれば報告があるはずだから、二人が知らないのはわかっている。


 だが、そういう問題じゃない。


「とにかくさ、事件の経過を見守るしかないよ。千香、あのビルから俺たちの痕跡って消せてる?」


 即座に彼女が頷いた。


「はい。そこは徹底しましたから」


「そう。たぶん、あそこは特定されるよ。傷魅君と違って、大池は足取りを隠していなかったと思うし。あの火事と彼女の事件が繋がるのは時間の問題だね」


 飯塚は冷静に分析をしているように見えるが、さっきからずっと貧乏揺すりをしていた。


「そして君だ、傷魅君。やってくれたね、君」


「……うるさい」


「君は昨日の段階で警察に疑われていて、自分と大池との関係性、さらには彼女と真理愛の関係を証言してしまっている。今頃、警察は躍起になって君を捜してるだろうね」


 そんな当たり前のことをわざわざ口出すのは、嫌味でしかなかった。


 ただ状況が極めて私に不利だということも自覚しないといけないのも事実だ。


「……しばらく、身を隠しなさい」


 千香がまるで諭すようにそう提案してきたのを、思わず「はっ?」と聞き返してしまう。


「もう無関係でもないし、場所くらいは用意するわ。お金は後でもらうけど、サービスもする。だから、そうしなさい」


「ふざけるな。大池の事件はあの男と繋がってるはずだ。今動かないでいつ動く」


 千香はムスッとした顔になって、語気を強めた。


「どう考えても、ただ事じゃないわ。いい、警察だって本気になる。あなたは十七歳の子どもなの、何かあっても一人じゃ何もできっこないわ。今だって、あなたはここに来るしかなかったじゃない」


「そうだね。正直、千香のが一番得策だよ。しばらく身を隠してさ、事件が次の展開を迎えるのを待つべきじゃないかな」


「――馬鹿にするな」


 腹の底から低い声を出し、バンッとテーブルをなた叩いて、そのまま立ち上がった。


「身を隠せ? そうしたところでどうなる? あの男が出てくるのか? 私への疑いがはれるのか?」


 怒りがぐつぐつと腹の底からわき上がって来る。


「だから、それを見極めましょうって話を」


「もういいっ!」


 テーブルを蹴り上げると、その上に置かれていた全てのものがひっくり返り、部屋中にけたたましい音が響いた。


 全然苛立ちが収まらなくて、足下に転がってきたリモコンを、未だに続報を伝えないテレビに向けて全力で投げつけた。バリンッという大きな音をたてて、テレビの画面が割れて、映像がやんだ。


「……あーあ」


 飯塚が頭を抱えて、使い物にならなくなったテレビに目をやる。


「高かったんだけどなあ、4Kテレビ」


 そんな軽口でさえむかついた。


「もう私は私のやり方でやるっ! お前らは勝手にしろ! 結局、あの男の情報も何も得られてないじゃないかっ!」


「リベラ」


 急に意味不明なカタカナ語が出てきたので何も返せなかった。


「リベラ。あの男の呼び名だよ。本名は不明。職業は自称万屋。俺たちと違って、犯罪なら何でもやるってタイプだよ。つまり真理愛と一緒だ」


「リベラ……万屋……」


「何もわかってないってことはないんだよ、傷魅君。ちゃんと報告しようしてた。こんな事件がなければね。足取りは掴めてないけど、裏社会で彼と取引をしたことのある奴から得た情報だ、信じていい。だから、こういうことは俺たちに任せて、君は千香が言ったとおり身を」


 あの十字架の男の呼び名を脳に刻み込むと、自然に笑いが出た。


「そうか、よくやった」


 そのまま二人の制止など聞き入れるなんてことせずに、走ってそこから出た。

本日から4章へ突入。


4章は結構色々と大きな動きがあります。


次回は第16部「天体観測」以来の回想のみのパートで、百合色強めです。

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