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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第三章【悪意:悪異】
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見えない彼女の探しもの

 ……なるほど、そういうことか。


「誰だ、それは」


 とりあえず誤魔化してみたが、公僕は笑顔のまま「いやいや」と、また一歩詰め寄ってきた。


「無理がありません? 確認、とれちゃってますが」


「何の話かわからん」


「大池優子さん。あなたの元クラスメイトですよ、知ってるでしょ?」


「だから、知らん」


「知らなかったのは、つい最近まででしょう。いや、それも覚えていなかっただけですね。今はちゃんと知ってますよね、担任の岡田さんから聞いてますよ」


 やはり、そこまで調査はしているか。 


 私は無言のまま、しばらく考え、何の気なしにタバコの煙を公僕の顔に浴びせた。案の定、彼はそれでも表情を変えなかったが。


「そいつがどうかしたのか」


「どうかしたのかを聞きたいのはこちらでして。二日前から行方不明になってます。ご存じでしょう?」


 正直、全く気にかけていなかった。あの男が連れて帰ったが、その彼のことで頭がいっぱいで、用済みだった彼女には感心がなかったから。


 ただ、どうやらあのビルから出て、家に帰っていないらしい。あの男が引き連れているのだろうが、説明できるわけがない。


「知らん」


「嘘が下手ですか、あなた。どう考えてもあなたが関係してますよ。なぜ、わざわざ学校へ行ってまで大池優子さんの所在を確認したんですか。その後、どうしたんですか」


「覚えてない」


 彼は「はああー」と深いため息をつくと、わざとらしく頭を抱え「あーあ」とか嘆きだした。


「素直に話してくださいよー」


 無理な願いだ。彼女を捜していた理由は『自警団』に直結するし、彼女が行方不明になったことはあの男に通じる。


 どこからも、どこまでも、こいつに話せることはない。


「私にばかり聞いていないで、たまには自分で調べろ」


 私は彼の肩を押して、距離をとった。


「これが仕事なんですって」


「そうか。少なくとも私は何も知らない。他をあたれ」


 公僕は吸っていたタバコを地面に落とすと、それを足で踏んで消火した。


「墓地だぞ」


「傷魅さん、マジで話してくれません? どう考えても、あなたは怪しいですからね。今度は僕じゃなくて、もっと怖い刑事さんが来るかもしれませんよ?」


「そっちの方が面倒くさくなさそうだ」


「いいですか、警察を見くびっちゃいけませんからね。あなたのここ数日の動きだって、調べようと思えばすぐに調べられます」


 そうされると非常に面倒だが、ここで素直に話したところで、それが回避できるものとは思えない。


「あなたが大池優子を調べていたすぐ後に、彼女はなぜか骨折しています。頑なにその理由も、治療した病院も語らなかったそうですが、そんなことがあった後だから、ご両親が半ば発狂しながら警察に飛び込んで来たらしいですよ。娘がいなくなったって。宥めるのが大変だったと聞いてます。やめてもらえます? 仕事を増やすの」


 ここに来て、あの行為がとんだしっぺ返しをしてきたことが恨めしい。あの時、無意識に彼女の腕を折ったことは、効果があったとはいえ失敗だった。


「学校に出向いたのが間違いでしたね。さあ、嘘偽りなく、話してくださいませんか? まず、彼女は聖さんの事件と関係あるんですか? そして、あなたは何をしているんですか? 舞踏会はもう終わったんでしょう?」


「……大池優子は」


 ――考える。今、この場を乗り切るのに必要なものが何か。


「彼女は?」


「……真理愛の知り合いだった。そのことを思い出したんだ。真理愛が、前に大池のことをやけに親しそうに話していたのを」


 苦しいなと思ったが、この短時間ではこんなものしか思いつかなかった。


「それだけですか?」


「あいつが私の前で他の生徒のことを喋るなんて、そんなになかったからな。だから、大池なら事件について知っているかしれないと思って会いにいったが、会えなかった」


 そこで公僕が、はあと声を出しながら首をかしげた。


「時間が悪かったのかもな。とにかく会えなかった。だから諦めて帰ったんだ」


 嘘をつくにしても、もっと「らしい」嘘を吐けばいいのだが、考えつかなかった。


 少なくとも、隠さなきゃいけないところは隠し、隠しきれないところは白状した。


 私は彼女を探っていたという事実に、だけど会えなかったという嘘。


 真理愛の知り合いだったという事実に、それを聞いていたという嘘。


 会ったといえば、その後のことを話さないといけないし、大池の話を真理愛から聞いていないとすれば、どこから入手したのかという話になる。私がなんとしてでも秘匿すべきはこの二つだ。


「……うーんと」


 公僕は眉間にしわを寄せて、難しい顔をしながら腕組みをし唸っていた。


「傷魅さん」


「なんだ」


「怪しいですね、むちゃくちゃ。本当に会えなかったんですか?」


 私はわざとらしいため息をついて彼を睨んだ。


「何度も言わすな」


「……なるほど。わかりました。ええ、よーくわかりました。あなたが素直にならないということが」


 彼は私に背を向けると、トレンチコートを揺らしながら離れていく。


「次はそういう言い訳ができないものを用意して来ます」


「いや、もう来るな。迷惑だ。いい加減、私じゃなくて他をあたれ。捜査、進んでいるのか。そもそも、あの死体は本当に真理愛だったのか。首も見つかってないだろ」


 彼は足を止めて、くるりと体を反転させると馬鹿にしたように笑った。


「いくらなんでもそれはないですよ。あの死体は聖真理愛さんです」


「首も出ていないのにか」


「彼女の部屋にあった毛髪などからDNAは採取できましたからね。言っておきますが、一本だけ一致したとかじゃない。髪だけじゃなく、爪とか、彼女の自室から採取できたもの全てと、あの死体のDNAは一致しました。彼女以外ありえません」


 今までにないはっきりとした否定だったので、口を挟めなかった。


「そういえば、やっぱり聖さんは何を買っていた可能性が高いですよ。傷魅さん、心あたりがマジでないですか?」


「……ない。ところでそれは」


「逮捕した連中の一人が証言しました。一年くらい前に聖さんに報酬を渡したら、彼女は嬉しそうに『これでやっと貯まった』と言ったそうです」


 説明を求める前に解説された。


 貯まった? 当然それは金のことだろうが、あいつが金を『やっと』という言葉を使うくらいに貯める必要がある物ってなんだ。


「何を買ったかは、掴めているのか」


「領収書が出る物でも買ってくれていたら楽ちんなんですが、そうじゃないですからね。雲を掴むような話になってます。では、また来ますね」


 素っ気ない挨拶を残し、彼は不機嫌そうに去っていった。今は退かせることができたが、あの様子なら私の嘘がなんらかの形で暴かれるのは時間の問題だろう。


 面倒だな。とにかく『自警団』と話し合って対応を決めよう。嫌な報告だが、新しい情報という手土産もあるからいいだろう。


 両親に別れの挨拶をせず、墓地を後にした。次にここに来るのはいつだろう、いやそもそも『次』なんてあるのか、なんて思いながら。


 帰り道、タバコを吹かしながら夜道を歩いていると電話が鳴った。


「もしもし」


『あら、挽歌ちゃん。またタバコを吸ってるね』


 電話の相手は婆さんで、思わずため息がでた。本当にかけてくるとは思ってなかった。


「ちゃん付けをやめてくれ。それで、何の用だ」


『別に何もないさ。挽歌ちゃんの声を聞きたかっただけだよ』


 そんな理由で電話をかけてこられても困る。忙しいわけじゃないが、婆さんと話す気分でもないから。


「そうか。ならもう満足してくれ」


『ねえ挽歌ちゃん、捜し物は見つかったかい?』


 婆さんは迷惑なことに、自分の都合の悪いことを聞こえなかったふりをした。こんなことを言いたくないが、こういうところは嫌な老人だ。


「まだだ。ただ、婆さんに言われたことは実践してるぞ」


『あら、そうかい、ならきっと、すぐに見つかるさ』


 全く、本当に都合がいいな。こんなことだけはっきりと聞こえているのも、それに根拠もなく適当な返事をしてくるのも。


 その後、家に帰るまでに間、私は婆さんの話に付き合わされた。寒い夜だったのに、あまりそれを感じなかったのは、婆さんのおかげだろう。


 そんな婆さんの予言が別の意味で当たったのは、翌朝のことだ。私じゃなく、公僕の「捜し物」が見つかった。


 大池優子が遺体で発見された。

これにて第3章はおしまいです。いいところで週が終わりました。


来週からは第4章です。

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