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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第三章【悪意:悪異】
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簡単なアンケートです


 親子というのものがどういうものかを私は知らない。


 親からの愛情を受けたことがないし、私があの人たちに可愛がられるように振る舞った記憶も無い。ただそれは仕方がないことだ。両親と私の間には、生まれたときから溝があった。


 両親はどこにでもいる日本人で、親類の話によると、人格者で多くの人から慕われていたらしい。


 しかし、その二人の間から生まれた子は眼と髪が赤い、とても奇怪な存在だった。


 医者にも理由はわからなかった。しかも体の他の部位には何の異常も見当たらなかった。


 ただ、そんな異常な子供を愛することを二人にはできなかった。


 父親は母親が浮気をしたんだろうと彼女を責めたらしいが、検査の結果、彼は紛れもなく私の父親だった。


 しかしもう出だしがそれだ。子供は生まれたが、親子関係など生まれるはずがなかった。


 冷え切った夫婦に、奇怪な子供。そんな三人がただ同じ家にいただけだ。


 両親から虐待を受けたことはない。ただ愛情を注がれたこともないだけだ。そして私はそれが普通だと思っていた。


 両親は私と極力一緒にいたくなかったのか、三歳の頃には別の部屋で眠るようになった。彼らは私に大量のおもちゃを買い与え、それで遊んでいろと言った。


 とにかく、私と関わりたくなかったんだろう。


 そして私が五歳のとき、事件は起きた。


 知ったような大人が「事件じゃない、事故だった」と言ったことがあるが、あれは紛れもなく事件だった。


 台所にあったマッチを自室に持ち込んだ私はそれを着火させて遊んでいた。馬鹿なことをしていたと思うが、二年も経てば買い与えられていたおもちゃには全て飽きていて、別の刺激を求めていたんだと思う。


 そしてよくある話だが、それが原因で家が火事になった。


 部屋が炎に包まれて、私は怖くなって火傷を負いながら、それこそ生まれてはじめて両親にすがった。彼らの部屋にいき、助けを求めた。


 しかし、隣にあった両親の部屋もすでに燃えており、私が眼にしたのは、炎に包まれて叫ぶ二人の男女だった。

 もはや、顔もわからなくなっていた。


 呆然とする私の存在に気づいたどちらかが振り向いた。本当に、どっちかわからなかった。あれが父だったのか母だったのか。今も知らない。


 そいつは私に手を伸ばしてきて、潰れた声を絞り出した。


『恨んでやる』


 その手は私に届くことなう、そいつは力尽きた。その後、私は消防隊に救助され、両親は死んだ。


 これが私にある両親との思い出だ。




 さすがに手ぶらで来るのは気が引けたので、コンビニで買った百円の饅頭を墓前に供えた。


「……好物なんか知らないから、これで我慢してくれ」


 陽が暮れそうな夕刻だと、墓地に人はいなかった。そうなると、ただ墓石がいくつも並んでいるだけの不気味な空間でしかない。


 そのうちの一つの墓の前で、柄にもないなと思いながら、私は今日二度目の合掌をした。


 両親の墓参りをするのはたぶん三年ぶりだ。高校入学のときに爺さんと婆さんに強引に連れてこられた。報告なんか必要ないという私と、そういうわけにはいかないと主張する二人で、三日ほど揉めた。結局、私が折れたのだが。


 それほど行きたくなかった場所に足を運んだのは、理恵さんのせいだ。彼女を見ていたら、親不孝な娘ですまないと、一言詫びを入れたくなった。


 夕陽を浴びた墓石を見つめる。『傷魅家ノ墓』と彫られている綺麗な墓に、きっと私は入ることはないだろう。


「ま、そっちの方がいい」


 いまさら、二人のことを悔いたりしない。あの火事を起こしたのは私で、そのせいで彼らは死んだが、それが最悪だとも思わない。


 あんな親子関係を続けていたら、遅かれ早かれ、似たような結末だったに違いない。


 ときどき火事のことを思い出し、この前みたいになるのは後悔から来るものじゃない。恐怖だ。私はあれほど憎しみに満ちた声を知らない。


 かけるべき言葉がない。近況の報告なんてしても仕方ない。そしてきっと、相手も聞きたくないだろう。だから、墓の前で突っ立ているだけだった。


 タバコを取り出して、それをくわえた。両親の墓石の前で不良娘になったことを見せつけて何がしたいのかと思われるかもしれないが、家を燃やすよりかは健全になったと捉えてもらいたい。


 煙を吐き出したところで、こちらに近づいてくる足音に気づいた。あのプレハブで何度も聞いたもので、もう振り向くこともしない。


「ストーカー禁止法を知っているか、公僕」


「知ってますけど、中身まで読んでないんですよ。管轄外なんで」


 なんともこいつらしく、刑事らしからぬことをあっけらかんと言う。公僕は私の隣に立つと、律儀に墓前で手を合わせた。


「ご両親に何を?」


「何も」


 本当のことだったのだが、誤魔化されたと思ったらしく「まあいいです」と流された。


「警官とご両親の前で喫煙するのはどうかと思いますよ?」


「お前を警官とも、こいつらを親だとも思ったことがない」


 公僕は肩をすくめたが、それ以上は止めなかった。


「僕もいいですか」


「勝手にしろ」


 私を止めるどころか、公僕も一服し始めた。こいつは本当に警察の中でちゃんと仕事をやれているのかと心配になるが、どうでもいいことだった。


 公僕がただでさえ細い眼を、さらに細めながらうまそうにタバコを吸っている姿を見ながら、私は切り出した。


「今日は何の用だ。前回で洗いざらい喋ったぞ」


「そこまで話していただいたことはないですよ。まあ、秘密は聞き出せましたが、あなたがなぜ聖さんが裏社会と繋がっていたかを知ったのかとか、そしてそれに対して本当に口だけの説得で終わったのかとか。実はまだ気になってることはあるんですよ」


 面倒な性格のうえに、ここにきて意外な鋭さを見せつけてくるが、何も悟られないように無表情のまま答えた。


「そうだが」


「そうですか。ならいいんですが」


 ある意味でかなり確信に近い疑問を持っていたのに、あっさりと退くあたりが、この公僕の駄目なところだ。

 彼はくるりと体の向きを変えて、私と向き合った。


「実は今日は聖さんの件じゃないんですよ。いや、関係していると思ってますが」


「真理愛以外のことで私が答えられることなんてあるのか」


 公僕は首を左右に振って、嫌らしい笑みを浮かべた。


「あなたなら絶対に答えられますよ。ねえ、傷魅さん」


 彼は一歩、私との距離をつめた。


「大池優子さんはどこですか?」

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