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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第三章【悪意:悪異】
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こころ

「……お前」


『挽歌、私のこと捜してくれてるよね? すごく嬉しいよ。やっぱり、挽歌も私のこと、好きなんだよね』


「そんなわけあるか」


『ねえ挽歌、あとちょっとだよ。挽歌のやってることは間違ってないから、安心して』


 会話が成り立っていない。いつも通りだが、これだから判断できない。この電話の向こうの真理愛は生きているのかどうか。


 録音した音声だとしても不思議じゃない。それなら、誰がこの音声を流しているかという問題になるが。


「私が何をしているのか知ってるのか」


『まだ、挽歌はとっても大切なことに気づいてないけどね。それがわかれば、きっと答えは見えるんじゃない? 挽歌、全てのことに意味があるよ?』


 答えとはなんだ。お前が生きてるかどうか。犯人が誰か。そんなところか。


 …………。


 いや――違う。


 そこじゃない。そんなことじゃない。生きていようが死んでいようが、お前がこの電話をかけてくる理由だ。


 そうだ。どうしてそれを、今までちゃんと考えていなかったんだ。自分が馬鹿に思えてくる。こんなこと、真っ先に考えるべき問題じゃないか。


「……ヒントはそれだけか」


『挽歌、月が綺麗だよ』


「は?」


 そこで通話がきれた。


 最後、少しだけ会話がかみ合っていた気がするが、偶然である可能性もあるから何とも言えない。


 受話器を置き、今の会話を頭の中で繰り返す。間違いなく、真理愛の声だった。彼女の生死は不明のまま。

 私が動いていることを知っていた。答えに近づいているとも。


 以前は「私を見つけて」と伝えてきたが、今日は「答えに近づいている」と言っていた。私はやはり真理愛に近づいているということだ。


 あいつの言葉を信じるなら。


 問題はやはりこの電話をかけてきた理由だ。あいつは何のために、私を動かしているのか。


『あいつ、異様に策士だったから、やりづらかった』


 ふと、あのビルで十字架の男が言っていた言葉を思い出す。


 真理愛……お前、何を企んでるんだ?





 携帯で誰かと話しながら歩くなんて慣れないことをしているせいで、今日はよく人と肩がぶつかる。


 駅前で人通りが多いのが一番の原因だが、気分がいいものじゃない。


『そういう重要な連絡は、すぐくれないと困るな。ホウレンソウ、うちの若いのにもよく言うけどさ』


 電話口で飯塚が呆れた口調でそんな愚痴をこぼしてくる。


「情報は共有するという約束だが、迅速にとまでは言ってない」


『なんのための携帯なんだよ』


 ため息が聞こえるが、知ったことじゃない。


 昨晩の真理愛から電話のことを連絡したら、さっきから本筋ではない、こんなことばかり言ってくるのでうんざりしていた。


「飯塚、お前らは逆探知とかはできないのか」


『無理。そういう技術者はいない』


 期待外れな、だけど予想通りな答えに「そうか」と答える。


「意外と人材がいないんだな、お前らは」


『そういうことなら、警察にでも頼んでみたらどうかな? いるんでしょ、刑事の知り合い』


 実に愉快そうにそんな嫌味を返してくる。あれは知り合いなんかじゃないが否定するのも面倒だ。


「そうだな、お前らという手土産もあるし、きっと私の頼み事はきいてくれるはずだ」


『やめない? この会話、不毛だよ』


「そうだな。報告は以上だ、切るぞ」


『いや、待った。君はどうなんだよ、その電話について。彼女は君に大切なことをわかってないと言ったんだろ。それが何か、心当たりはないの?』


「だから、あいつが電話をかけてくる理由だと思っている。言っただろう」


 電話口で飯塚が「いやいや」と呆れたような声を出した。


『それだけなのかな? 彼女は本当にそんなことを「大切なこと」って言ったのかな。なんだか、彼女らしくない気がするんだけど』


「……あいつの心のうちなんか、わかるわけないだろ」


 飯塚には最後に真理愛が残したメッセージの件は伏せていた。そこを話すのは、ただ単純に嫌だったから。

『それもそうだね。それで、君はこれからどうするの?』


「あの男はお前らに任せる。私は……記憶を辿る」


 昨晩、あの電話の後にこれからどうするかを考え、至った結論がそれだった。婆さんの言葉を信じてみることにした。


『記憶を辿る?』


「今から――真理愛の家に行く」


 いつか、そういうことをしなきゃいけないとは思っていた。できればそうならないようにと願っていたが、やはりこうなった。


『なるほど。それは確かに、君にしかできないことだ。うん、がんばっておいで』


 そこで通話がきれた。最後の上から目線な言葉に苛立ちを覚えたが、忘れることにした。


 最寄り駅から電車を乗り継いぎ、一時間くらいで真理愛の地元に着いた。


 来るのは春以来で、風景が少し懐かしい。真理愛の家には関係が悪化する前はよく誘われて行っていたので道順は覚えていた。


 彼女の家は駅から近い住宅街にあった。富裕層が好む土地で、建ち並ぶ家々も一軒あたりのでかさが他の住宅街とは違う。


 そのうちに一角が彼女の家だった。数ヶ月ぶりにその前に立ち、その立派な邸宅を見上げる。


 純白の塗装に、赤く綺麗な屋根。普通の家が三つほど入りそうな広さで、ガーデニング用の庭まであった。


 以前来た時と違うのは、家の周りの雰囲気が沈んでいること。そして、庭の草木の手入れが全くされずに荒んでいることだ。


 娘がああなったんだから、庭の手入れなんかできなくて当然だろう。


 自分の身長よりも高くて黒く立派な門扉の横に備え付けられていたインターホンの前に立ち、ボタンに指を伸ばすが、みっともなく押す寸前で止まってしまう。


 ここを押して、なんと言えばいい。ここに来なければとは思ったが、何をすべきかまでは思い浮かばなかった。

 そもそも、ちっとも人の住んでる気配がない。昼間だからなんともないが、夜なら綺麗な幽霊屋敷にも見えただろう。


 深呼吸をして、考えを練り直す。


 ――出直そう。


 そう思い直し、踵を返したところで家の扉が開く音がした。思わず振り向くと、一人の女性が目を大きく開けて、信じられないという表情でこちらを見ていた。


 もう四十を過ぎているのに、化粧次第では二十代にも見える若々しさで、ブロンズの髪が肩まで下りた姿が海外ドラマに出てきそうなほど栄えている。


 右の目にある泣きぼくろが唯一の欠点かもしれないが、それさえ似合っている。


「……傷魅さん?」


 真理愛の母親――理恵さんは、私を見つめながら、以前よりずっと、か細い声を出した。

夏目漱石の「こころ」は高校の時はなんとも思いませんでしたが、


大学で読み直して、奥さんやお嬢さんの策略を教えられて、震えました。


そらKが死ぬのも仕方ない。

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