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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第三章【悪意:悪異】
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千里眼

「気のせいだろ。何もない」


「そうかい? そうは思えないねえ」


 急に婆さんは私の顔に手を添えた。ごわごわとした手だが、しっかりと温かい。


「クマがあるね。あと、お肌も荒れてるよ。コートで隠してるけど、火傷もしてるんじゃないか」


 これだ。どうしてそこまで一目でわかる。おかしいだろ。千里眼なのか。


 クマや肌の荒れはともかく、火傷は見なきゃわからないはずだ。


 でも、そこで変な安心してしまう。やっぱり婆さんは婆さんだ。


「……今は話せない」


 嘘をついても見抜いてくるに違いない。ただ、素直に話せるわけもないから、そうやって誤魔化すしかなかった。まるで時が来れば、話せるみたいな言い方だが、そんな時はきっと来ない。


「そうかい。ならいいよ」


 明らかにおかしい状況なのに、婆さんはそれ以上の追求はしてこなかった。


「挽歌ちゃんがお店を閉じてまで必死になってるなら、それはきっと大切なことだからね」


 私があの店を店主である婆さんに無許可で休業させていることは耳に入っているらしい。たぶん、近所の住民が見舞いのときに話したんだろう。


「怒らないのか?」


「そりゃあ、挽歌ちゃんが遊んでそうしてるなら、正座させてお説教しますけどね。そうじゃないことは、わかってるつもりだよ」


 婆さんはまたにっこりと笑った。何も話していない。ここに来てから私は何一つ、自分のことを素直に話していない。


 それなのに、全て見抜かれているような気がした。


「あの人だって挽歌ちゃんの今の顔を見れば、休業くらい納得してくれるでしょう」


 あの人とは、爺さんのこと。一年半前に肺炎で死んでしまった、婆さんの最愛の人。あの店はその爺さんが開業させたものだ。


 もともと若いときに起業し、その会社を上場企業までさせたのに、定年前に全ての役職から降りて、あの店をやり始めた。なんでも老後にそういうことをやるのが夢だったらしい。


 だから、あの店は爺さんの形見でもある。


「……そうだな、爺さんにも報告しないとな」


「ああ、そうしておくれ。今はまだ、お墓参りには行けないからね」


 婆さんが体を起こそうとするが「いてて」と声をあげながら無理をしようとするので、無理矢理ベッドに寝かせた。


「医者からまだ安静にしてろと言われてるだろ」


「そうだけど。もう寝てばかりで飽きちゃうんだよ」


「無理すると余計に長引くだろ」


 婆さんはムスッとして納得していないようだ。


 ただ、私としては以前より体も動かせるようになってるみたいで安心した。


 婆さんはさっきの編み物を手にすると、ベッドの手すりがないところを叩いた。


「挽歌ちゃん、ここに座って」


 首をかしげ、よくわからないまま言われた通りにする。一日中ずっと婆さんは寝ているベッドは、心地いいぬくもりを保っていた。


 婆さんに背を向けるように座っていたのだが、急に首に何かが触れた。暖かく、柔らかな毛糸の生地。


「うーん、もうちょっと長さがいるわねえ」


 婆さんは途中まで作っていたマフラーを私に巻きながら、残念そうな声を出す。


「……何をしている」


「何って、もう寒いからねえ。風邪をひいちゃだめじゃない」


「怪我人が、人の心配なんかしなくていい」


「孫の心配くらいさせてちょうだいな」


 婆さんはその後も私を座らせたまま、マフラーをどのくらいの長さにするかを調べていた。


 私は黙って、じっと動かずにいた。ぬくもりのせいで、瞼が重くなっていた時だった。


「ねえ挽歌ちゃん」


「――ちゃん付けをやめてくれ」


「何をしてるか知らないけど、忘れちゃ駄目だよ。私もあの人も何があっても、挽歌ちゃんの味方だから」


 どうして、本当の孫でもない私にここまでできるのかわからない。私を引き取ることで多くの親族から絶縁されたのに。引き取られてまだ四年だが、かけた迷惑の数は計り知れないのに、今だって私のせいでこうして入院しているのに。


「……わかった」


 ここで素直に「ありがとう」と言えないあたりが孫として失格だと思う。


 本当に生き方が下手だ。


「……捜し物が終われば、ちゃんと毎日ここに来る」


「捜し物? それが、今していることなのかい?」


 本当に思わず口が滑っていた。ぬくもりのせいでほだされたみたいだ。今更訂正なんかできるわけもないから、ばつが悪そうに「ああ」とだけ答えた。


「そうかい」


 婆さんはその後、黙ってしまった。この人がこういう反応をするのは珍しくて、どう声をかけていいかわからなくなってしまう。


「挽歌ちゃん、何かを捜すときに一番大切なのは何だと思う?」


「……なぞなぞってわけじゃないよな。そうだな……洞察力じゃないか」


 そんなことは考えたことはないが、一番に思い当たるものはそれだった。


「そうだね。それも大事だけど、何より大事なのは、記憶力さ」


「記憶力?」


 オウム返しになる私に、婆さんは「そうさ」と話を続けた。


「当たり前だけど、まずは何もなくさないことが大切。でも、なくしてしまったときに、最後にそれがあった場所を思い出せることが重要だよ」


 つまり、何かを捜すことになって、変な力を使うよりも、常日頃からそういうことを心がければいいというわけか。言われてみればその通りだが、かなり難しそうだ。


「わかった、憶えておこう」


「そう、それが大切さ」


 ポケットにいれておた携帯からメロディーが流れ始めた。今朝起こされたものと違う音で、確認するとメールが届いていた。差出人は千香だった。


「あら挽歌ちゃん、携帯嫌いじゃなかった?」


「借り物だ。用が済めば返す」


 携帯を借りるなんておかしな状況だが、婆さんは「そうなのかい」と納得した。機械には疎いから、あまりわからないんだろう。


「でも、しばらくは持ってるのよね? なら、番号を教えてちょうだいな」


「はあ?」


「だって、お店にかけても留守のときだってあるでしょう。それならいつでも挽歌ちゃんの声が聞けるもの」

「勘弁してくれ」


「いいじゃないの。早く早く」


 そう急かされて、仕方なく番号を教えた。


 婆さんは番号をメモにとって、何度も復唱して憶えていた。本当にかけてくるつもりだろうかと、ちょっと憂鬱になる。別に二人ならいいのだが、誰かに婆さんと話をしているのを見られるのは苦手だった。


 その後、私は婆さんの病院であったできごとを聞かされた。さすがと言うべきなんだろうが、すでにかなりの知り合いがこの病院でもできていた。積もりに積もった話は二時間を簡単に超えた。


 その間、ほとんど相槌しかしない私だったが、婆さんが楽しそうだったから、良かったということにしておこう。





 家に帰った頃には夜になっていた。千香からの連絡は『喧嘩屋の二人を解放した』というもので、どうでもよかったから返信もしなかった。


 明日から何をすべきかを考えている。十字架の男の捜索は、素直に『自警団』に任せよう。気にはなるが、連中が知らないものを闇雲に捜しても見つかるとも思えない。


 私は私にしかできないことをすべきだ。ただ、そんなことは頭でわかっていても具体案がない。


 居間のソファに寝転がり、天井を見つめる。ちょっと前まではこんな格好していたら爺さんが「女の子がはしたない」と口うるさく注意してきたが、今はそんなこともない。


 携帯で例の火事について調べるが、大した続報はない。


 ため息をついたところで、電話が鳴った。携帯ではない、家の電話。最近聞いていなかった音で反応が遅れたが、私は勢いよく体を起こした。


 あの時と同じだ。すぐさま電話に駆けていき、その前で一度深呼吸をした。そして鳴り止む気配のないその受話器を取った。


「もしもし」


 名乗らなかった。客ではない。直感でそれがわかった。


 電話口は少しの間だけ静かだったが、すぐに笑い声が聞こえた。あの「うふ」という、独特の笑い声が。


『挽歌、元気にしてた?』


 真理愛の声は、場違いに透き通っていった。


回想以外で真理愛が登場するのは第3話以来ですね。


そんな感じで、次回は月曜日です。

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