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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第二章【双頭の悪魔:層塔の悪真】
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双頭の悪魔


「監視、続けていて良かったよ。まさかあんなことになるとは、思っていなかったけど」


 代表——名前を飯塚という男は、水の入ったコップを私の前に差し出して、満足そうにしていた。


「あの喧嘩屋の二人はさっき知り合いの医者に押しつけてきた。痛みが引いたら、色々と聞きだせるように手筈しておくよ」


「……手際がいいな」


「ま、プロだからね」


 あの後、外国人たちに救出された二人は、彼らが運転するワンボックスカーに乗せられてどこかへ行った。それがその医者のところなんだろう。


 私は飯塚の車で彼の住むマンションに来た。かなりの高級マンションの最上階の部屋で、室内もホテルのスイートルームのようだ。


 そのリビングルームのソファで、私は疲れ切っていた。


「監視をしていたなら、女を担いでいった男も見たのか」


「十字架の入れ墨が入った奴だろ。もちろん確認した。でもごめんね、あのビルから出た途端、近くに停めてた車に乗り込んで、そのまま逃げちゃった。追わせたけど、簡単にまかれちゃったって。相当なプロだね」


「……使えない」


「みんながみんな、真理愛みたいに何でもできるわけじゃないよ」


 飯塚はタバコを吸い始め、私にも一本勧めてきた。少し迷ったが、頭の中がぐちゃぐちゃだったから吸うことにした。


 タバコを吸うと、少しだけ落ち着けた。ただ、それはさっきの醜態を思い出すことにも繋がって、気分がより一層悪くなった。


 その感情が顔に出たのだろう、飯塚が苦笑いをした。


「今にも人を殺しそうな顔をしてるよ」


「……あの男は、何かを知っていた。真理愛はあの男に、私のことを教えていたんだ。あいつは真理愛にとって重要な奴だったんだ」


 それを取り逃がした。ここまでが順調すぎたのかもしれないが、躓いたことが許せない。


 手がかりの男も、その男と繋がっていた大池も失った。


 私が追うことができたルートは『自警団』だけだ。彼らだけが私が唯一知っていた、警察が掴んでいなかった真理愛と繋がりのあった組織。


 そこから得たのはあの男だけだったのに、それを失った。この後、どうするべきかがまるでわからない。


 やばい。イライラする。


「俺たちも顔が広いからね。裏社会で彼を探してみるよ。ただ、あんまり期待しないでね。相互不干渉、それがこの世界のマナーで、嘘でも『知らない』と言われたら、それ以上は探れないんだよ」


「……千香が言っていたな、マナーはルールより重視するって」


「そうだね。でも、それはこの世界に限ったことじゃない。みんな、ルールばっかり重視して、マナーを置き去りにするから、結果としてマナーがルールになるんだよね」


 飯塚は煙を天井に向かって吐き出し、短くなったタバコをガラスの灰皿へ押しつけた。


「俺たちはマナーを重視して、これ以上ルールができないようにしてるんだ。罪状が増えるのは嫌だからね」


 そのとき、テーブルに置いてあった飯塚の携帯が鳴り始めた。彼は「きたきた」と嬉しそうにそれにでた。


「はい、もしもし」


 その後、彼は「うん」とか「そう」とか、相手の話に相槌だけうっていて、それを終えると「りょーかい」と軽い調子で電話をきった。


「千香からだった。あのビル、全焼したってさ。警察と消防が調査を始めたって」


「……面倒だな」


 もし付近に監視カメラでもあれば、撮られたかもしれない。この髪の色のせいで、異様に目立ってしまうので、もしそうなっていたら、すぐに特定されるだろう。


 そんな私の心配を飯塚は「大丈夫でしょ」と簡単に否定した。


「あの辺、君の監視中にチェックしたけど、そういう心配はなさそうだったよ。それに、もしそんな警備があるところだったら、取引には使われてない」


 さすがにその道のプロが言うと説得力があった。それにもし撮られていたら、それはあの男も同じはずで、そうなれば私が探す必要はなくなる。


 ……そう考えると心配が一気に、望み薄と変わり果てた。


「でもここ数日、動き回ってたんだろ。警察とも接触してたみたいだし。いい機会だ、ちょっと休みなよ」


 本当にずっと監視しているのかと呆れ果てる。気持ち悪いが、そういう話だったし、困ることはないので構わないが。


「落ち着かないだろうけど、落ち着くことも大切だ。お店のことだってあるだろ」


「あそこはどうとでもなる」


「お婆さんのお見舞いとか、行かないと」


 全く意識していなかった。それは本当に反射条件だったと思う。脳の指令や、理性の制御よりも圧倒的に早く体が動いた。


 テーブルに足をかけて、飯塚の首を鷲掴みにして、そのまま押し倒した。


 彼がソファごと倒されて、派手な音をたてた。


 首を締め付けて彼を固定したまま、ポケットからバタフライナイフを取り出し、それを振り上げた。

「やめなさい」


 今まさにそれを振り下ろそうとしていたのに、女の声で我に返る。


 リビングの入り口に千香とさっきの黒人が立っていた。


「すぐにやめなさい。じゃないと、コビンにあなたを止めてもらうことになる。あなたの実力は知っているけど、無傷じゃすまないわよ」


 黒人——コビンが一歩だけこちらに近づく。その目はまっすぐと私を捉えていて、すぐにでも飛びかかる準備ができている様子だ。


 勝てない相手じゃない。図体がでかいだけなら、対処方法はいくらでもある。しかし、千香が言うとおり無傷じゃすまない。それはこれから調査のことを考えるとマイナス要素だ。


 舌打ちをしてからバタフライナイフを畳み、飯塚の上からどいた。


「……怖いなあ」


「代表、今のは失言でしたよ。私たちの到着が遅かったら、殺されてましたからね」


「二人がすぐそこまで来ていたから言ったんだよ」


 遠回しに「わざと言った」と白状する飯塚に千香はため息をついた。


 コビンは何も言わず、私を見つめたまま部屋の隅にいき、壁にもたれた。いつでもいける、目でそう語っていた。


 私も睨み返し「黙ってろ」と伝える。


「……傷魅さん、あなたも短気すぎ」


「自分たちが殺しかけた人間の見舞いを気にする暇があれば、自首してこい」


 婆さんの事件の犯人は彼らだった。もちろん真理愛の差し金。私が真理愛と『自警団』の関係を知ったことを逆手にとり、彼らに「もし大事になったら困るでしょ?」と唆したらしい。


 だからこそ、今の発言は殺してしまいそうになるほど腹が立った。


 千香はまたため息をつくと、私にも飯塚にも何も言わず、窓辺へ行き、コビンほどの大きさの窓を開けて、ベランダへ出た。


 そして手招きをして私を呼びつける。よくわからなかったが、とりあえずベランダへ出た。


 コートを着ていても、マンションの最上階ともなると風も強く、かなり寒かった。


「いい風よ。これで頭を冷やしなさい」


「上司にも言え」


「あの人には言っても無駄だから。それに見て」


 彼女はベランダの手すりに腕をのせて、空を指さした。雲一つない夜空には、大量の星が、強弱はあるものの一つ一つたしかに輝いていた。


「ここ、星空は絶景よ。こういうので落ち着くって気持ち、あなたにはある?」


 …………。


「……あいつも」


「うん?」


「真理愛も、星が好きだった。綺麗だ、宝石だ、奇跡だなんて、よく言っていた」


 千香がすごく意外そうな顔をした。


「そうなの。あの子、そんなところがあったんだ」


「知らなかったのか?」


「相互不干渉よ。あなたが前まで真理愛の裏の顔を知らなかったように、あなたが知っている真理愛を私たちは知らないのよ。どっちが本当ってことではないでしょうね。どっちもあの子だったんだわ」


 その千香の言葉に自然と頷いてしまった。そう、真理愛は隠し事はしていたが、嘘は吐いていなかった。


 表や裏じゃない。人間はコインや紙みたいに薄くない。そんなもので例えるのがそもそもナンセンスだ。


 真理愛という人間は、顔が二つあった。ただ、それだけだ。私の前にいた純粋な少女と、悪事を塔ができるくらいに積み重ねていた女は、紛れもなく同一人物だったんだ。


 星を眺めていると、彼女と過ごしたある日のことが頭の中に浮かび上がってきた。


 そう、あれは二年前の冬だった。

次回は挽歌と真理愛の過去編です。


百合色強めでお送りします。

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