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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第二章【双頭の悪魔:層塔の悪真】
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クロスファイア

 一人の男がバットを振り上げたタイミングで、力強く地面を蹴って、がら空きになった腹へ潜り込んで、肘をいれてやった。


 相手が怯んでバットが振り下ろされないのを確認し、股間をブーツの先で蹴り上げた。


 バットを振り上げるなんて慣れていない証拠だ。手を塞いでは、ガードもできない。


 もう一人の男が黙ってみてるわけがなく、バットを振りかざしてきたので、地面に顔をつける勢いでしゃがみ込んだ。


 バットは味方の腹部に直撃した。たぶん、肋骨が何本か折れただろう。彼はそのまま白目をむいて倒れていった。


 思いがけない味方討ちをしてしまった男が動揺していたので、足をひっかけて、そのまま転ばせた。


 男が背中を打ち付けている間に立ち上がって、ノックダウンされていた方の男の手からバットを奪い取り、倒れた男の右肩に振り下ろした。


「あああああああああああっ!」


 男が痛みのせいで叫ぶので、その横っ面を蹴り飛ばす。


「うるさい黙れ」


 吹き出した鼻血を押さえるため、両手で顔を押さえる姿は滑稽だった。


 金属バットを遠くへ投げ捨てる。重くて、だけど空しい音がビルの中に響いた。


 久しぶりの喧嘩で本調子じゃなかったが、それでも二人相手でこれなら十分だろう。そんな自己評価をしながら、コートについた埃を手で払う。


「すっげえな」


 大池と取引をしていた男が、距離を縮めずにそう言った。ようやく確認できた顔は、やはり若い男で、鼻筋に十字架の入れ墨がある、厳ついものだった。


 その男の隣で大池が尻餅をついて怯えていた。予想外の展開に、言葉が出ないようだ。


「その赤い髪……お前が真理愛の言ってたやつか」


 どうやら真理愛は私のことを、何らかこの男に話しているらしい。公僕が言っていた暴力団の組員と同じだ。


 やっと、手がかりらしいものに出会えて、バクンッと胸が高鳴る。


「お前が誰か、まずはそこから教えてもらおうか。じゃないと、こいつらみたいになるぞ」


 足下でまだ顔を押さえていた男の手を思いっきり踏みつけると、気持ち悲鳴があげた。


 しかし、男はその脅しに全く動じなかった。


「あー、そいつは嫌だな。女に負ける気はしねーけど、お前、めんどくさそう」


「なら面倒ごとは減らすべきだな。名前と、真理愛との関係について、教えろ」


「わりーけど、そいつも無理だわ」


 男が「くく」と小さく笑う。自分の手駒がやられたのに、この余裕はなんだろうか。


「真理愛のやつ、とんでもねーなのと付き合ってんな。けど、あの女が気に入るわけはわかったぜ」


 どうやら公僕が言っていた暴力団の組員より、この男の方がいろいろ真理愛から聞いてそうだ。


 一人で納得した男は隣で尻餅をついていた大池を立たせると、そのまま肩に担ぎ上げた。


「きゃっ」


「傷魅、悪りーけど話はできねえな。俺にも仕事の都合ってもんがあるからよ」


 どうやら逃げるつもりらしいが、その呆れた魂胆に笑ってしまった。


「一人担いで逃げて、追いつかれないとでも思ってるのか? それにここに二人、雑魚が転がってるぞ」


「そいつらは今日雇った喧嘩屋だけど、そのザマじゃ金は払えねーし、好きにしていいぜ」 


「悪あがきはよせ。どんなに俊敏でも一人を担いで逃げるのは無理だ」


 一歩だけ彼らに近づくと、男は大池を担いだままだというのに、後方にバックして下がった。


「お前が真理愛とどういう関係なのか。あいつから何を聞いているのか。そして、あいつの事件と関わっているのか。教えろ」


「傷魅、お前、甘いな」


 私の質問を無視して男が笑った。しかも、意味がわからない罵倒をつけて。


「その辺では真理愛の勝ちかだな。あいつ、異様に策士だったから、やりづらかった」


 男はこちらをじっと見つめたまま、ゆっくりとしゃがんでいく。唇をほころばせ、余裕を見せる姿に嫌な予感がした。


 駆けだそうと右足をあげた瞬間だった。


「おせー。やっぱ、甘いわ」


 男は右手をポケットに入れて、髑髏の刻印がされたジッポライターを取り出すと、火をつけたそれを床に近づけた。


 瞬間、その地点から急に火がつき、一瞬にしてビルの中を放射状に火が走っていった。


 その火は昔に観た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を思い出させた。


 火は私の目の前にも走り、思わず一歩下がる。


「傷魅」


 火の向こう側で、男が大池を担いだまま、嫌らしい笑みを浮かべていた。


「そこの二人、頼むわ。そしたら次会ったときに真理愛のこと、教えてやるからよ」


「ふ、ふざけるなっ!」


「でも、その二人はお前が助けなきゃ死ぬぜ。おめーさあ」


 男は背中を向けて、余裕を見せつけるかのように歩き出した。


「また、人を焼き殺すのか?」


 その言葉に一瞬で頭が真っ白になった。


 言葉が出ない。考えることができない。呼吸が、止まる。


 目の前の炎と、あのときの光景が重なる。


 周囲に広がった炎、その中で叫び声を上げる二人の男女が、頭の中でフラッシュバックしてくる。


 段々と記憶が鮮明になっていく。


 一人がこちらを見る。全身を炎に包まれ、表情などわからない。叫び声をあげているので、ちゃんとした声も聞き取れない。それでも、はっきりと鼓膜に突き刺さった言葉があった。


『恨んでやる』


 私に手を伸ばし、恐怖のあまり後ずさりをした私のせいで、そのまま崩れ落ちた。


「あ、あ……」


 ようやく出た声は意味不明なものだった。しかしそれだけで、少しだけ我に返ることができた。


 気づけば、男の姿は消えていた。


 ——やられた。


 自分の頰を思いっきり殴りつけて、目を覚ます。痛みで頭の中がすっきりして、今の状況を改めて認識することができた。


 男は逃げて、彼が雇ったという二人組は痛みで呻きながらも、周りの火からなんとか逃げようとしているが、歩くこともできず、這いつくばっている。


 おそらく、あらかじめ灯油でも撒いていたのだろう、火の勢いは増すばかりだ。廃ビルのせいでスプリンクラーも作動しない。


『また焼き殺すのか』 


 さっきの男の言葉が、エコーがかかって脳内に響く。


「……くそがっ!」


 二人組の傍により、その内の一人に肩を貸す。そいつは私に助けられるという状況にプライドが耐えられないのか、拒もうとした。


「馬鹿野郎がっ! 死にたいのかっ!」


 怒鳴り声をあげると大人しくなったが、もう片方が「俺も、俺も……」と手を伸ばしてくる。


 なんとか二人とも担ごうとするが、男を二人も支えきれるわけがなく、無様に崩れ落ちた。


 出口まではそれなりに距離がある。一人を外に出して、もう一人を後から助ける、なんて時間はない。


 でもこのままなら、三人とも死ぬ。


 考える。考える。考えるが、何も浮かばない。火の収まらず、飛び散った火の粉が手にかかり、火傷した。


 男二人も「熱いっ熱いっ」と喚き、服に燃え広がりそうになる火を手でなんとか消していた。


 ——どうするっ。


 突然、大きな音が聞こえた。出口の扉が勢いよく開く音。更には、ドタバタと大きな足音が聞こえる。しかも複数。


 顔を上げると、身の丈の高い黒人がこちらに向かって走っていた。そして私の前に立つと、何も言わず男を一人担ぎ上げた。


 とても軽々持ち上げる姿は、まるで重さなんて感じていないように思えた。


 そしてやっと思い出した。千香のボディガードをしていた男だ。


 その彼の後ろに同じく外国人が二人。こちらは細身で、肌の色や顔色から察すするに、東南アジア系。その二人がもう一人の男を私の肩からもぎ取っていく。聞いたこともない言語で話していて、なんて言っているかわからない。


 突然のことで頭がついてこなくて、馬鹿みたいにその場で膝をついたまま、ただただその救出劇を眺めていた。


「君には俺が肩を貸そうか」


 火の中で『自警団』代表の男が、手を振りながらそんな冗談を言ってきたのさえ、呆然と見つめていた。


「本当に肩、いるかな?」


 手をさしのべてそんな問いかけをしてくるので、奥歯を噛んで、全力でその手を弾いた。


「……いらんっ」


「よかった。なら出よう。ここは熱いし、もうすぐ警察が来るっぽいよ」

実際、人って肩で担ごうとしても無理ですよね。


ほんと重い。酔っ払いの世話を為てるときに「ばらばらにして運んだ方が早い」って思いました。

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