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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第二章【双頭の悪魔:層塔の悪真】
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暗いところで待ち合わせ


 大池がクスリを入手するまでの三日は、店の片付けにあてた。壊れた棚を処分し、新しいものを仕入れ、業者に「急がないから安くしろ」と交渉した。


 何本も割れた酒瓶を全て片付け、こちらも新しいのを仕入れた。


『バンちゃん、凪さんはまだ復帰できねえのかい』


 古い付き合いの問屋は、婆さんの心配をしていたが、気の利いた答えは返してやれなかった。


 復帰のめどは、全然たっていないから。


 事件に関しても動いた。渋谷の『自警団』の本拠地に乗り込み、真理愛の金について確認した。


 しかし、答えは予想通りのものだった。


「知らない。そこは関わっていないわ」


 代表の男が留守で、代理の千香がそう言い切った。


「なんというのかしら。それは、マナー違反なのよ。お金の使い方って私たちの世界じゃナイーブな話なの」


「売人にマナーがあるのか」


「悪人は、ルールは破っても、マナーは重んじる連中が多いのよ」


 千香はピシッと人差し指でこちらを指して断言した。


「でも……真理愛の埋蔵金ね。すごい額だわ、きっと」


「あいつ、裏社会では金遣いは荒かったか?」


 彼女はその質問に、手をワイパーみたいに降って否定した。


「いいえ。むしろお金の要求も少なかった。彼女は純粋に、犯罪を楽しんでた。本当、たまに怖かったもの。彼女くらいの実力なら、もっと要求されても文句を言えなかった」


 話を聞きながら、ここでもそうなら他の組織ともいい折り合いで報酬交渉はしていたんだろうと考えていた。つまり、金銭のいざこざがあった可能性はない。


 ため込んだ金は、どこに消えたのか。死後、あれだけの犯罪が明るみになったのだから、お金だけ必死に隠すなんて無意味に思える。


「本当に死んでなければ、ね」


 私と同じ考えを口にした千香は、唇の片側をつり上げて笑った。


 引きつっているようにも見えた。


 真理愛の事件についても過去の週刊誌の新聞を読んだが、収穫はゼロだった。


 日本中の警官、マスコミ、野次馬にかかっても、真理愛の鉄壁のベールを脱がすことは不可能ということだ。


 少なくとも、現段階は。




「変な真似はするなよ。もうお前に危害は加えないから、大人しくいつも通りしていろ」


 街の明かりが消えた真夜中。廃ビルの入り口で大池にそう釘を刺した。


 彼女の右腕は痛々しくギブスをはめて、完全に使い物にならなくなっていたが、怪我の具合は聞かなかった。


 知ったことじゃない。


 私の命令に彼女は一度だけ頷いた。三日前の反抗的な態度は一切見られなくて、むしろ死にそうな顔の青さが真夜中なのに際立っていた。


 大丈夫かとは思ったが、彼女がそのまま廃ビルに入っていったので、私は裏口へ回った。


 もはや誰の管理下にもないビルの裏口は、不法投棄されたゴミで溢れかえっていた。


 それらをまたいで、鍵が壊れていた裏口から中へと入る。


 入ってわかった。ここはどうやら頻繁にこういう取引に利用されているらしい。外ほどゴミはなく、それでいて足下も等間隔でライトが設置されていた。


 息を殺しながら、足音をたてないように進んでいく。取引場所は、かつてエントランスだった場所で、そこへ向かう。


 突然、何か音が聞こえたので、近くの物陰へ隠れる。


「なんだ、どーしたんだよ、その腕」


 若い男の声だ。本当にまだ若い、私たちとそこまで変わらないかもしれない。


 物陰から顔だけをだして、声のする方を見る。暗闇でわかりにくいが、大池と誰かが向き合っていた。


 男だ。強烈なワックスでもつけているのか、髪がトゲトゲに逆立っている。後ろ姿で顔が見えないので、年齢はわからない。


「……なんでも、ない」


 大池がぼそっと無愛想に答えると、何が面白いのか、男は「ははははっ」と笑った。


「相変わらず可愛くねー女。真理愛の紹介じゃなきゃ、取引してねえぞ」


 そうは言いつつ、男は大池を毛嫌いしているわけじゃなさそうだった。むしろ、彼女の無愛想な態度を楽しんでいるように見える。


 それになにより真理愛の名前が出たということは、この男は少なくとも彼女とも面識がある。


 収穫を期待したいところだ。


「……いいから。はい、お金」


 そんな男とは対照的に、大池は一刻も早くここを去りたいようで、バックから封筒を取り出すと、それを男に差し出した。


 彼は口笛を吹きながら、それを受け取って中身を確認し始めた。慣れた感じで札を半分だけ封筒から出し、指で弾いていく。


「——はい、毎度あり」


 そして今度は男がコートのポケットから何か取り出して、それを手のひらに乗せたまま差し出す。大池が奪うかのようにそれを取った。


 はっきりとは見えないが、あれがクスリだろう。


「……次はいつ?」


「そっちに任せるって。いつも通りだ。安心しな、在庫は潤沢だぜ。いつでもご連絡お待ちしておりますってな」


 また「ははははっ」と笑う。さっきから何が面白いのか、説明して欲しい。


「わかった。なら、もう帰る」


「おう。それじゃあ——」


 男が言葉を句切ったのと、私が背後に気配を感じたのはほぼ同時だった。


「——ネズミはどこだよ?」


 さっきまでの笑い声じゃない、冷たい声が響き、私は本能的に体を回転さて物陰から飛び出た。


 直後に、さっきまで私がいた場所に金属バットが力強く振り下ろされた。


 ガンッという大きな音が建物の中で反響した。


「ちっ」


 どこからか現れたマスクで顔を隠した男が、バットを振り下ろした姿勢のまま舌打ちをした。


 勢いで床に転がったが、すぐに立ち上がって、周囲を見渡す。離れた場所に、男と大池がいて、私の前にはマスクの男と、その隣に似たような格好をした男がもう一人いた。


「……大池」


 私は彼らではなく、まず彼女に声をかけた。状況がなぜこうなっているかを考える必要なんかない。


 彼女が余計なことをしたからだ。


「な、なによっ。あんたが、あんたが悪いんだからねっ」


「……左腕を無傷にしておいてよかった。またあの音が聞けるんだからな」


 彼女の方を見向きもせず、暗喩に「また骨を折る」と宣言すると、彼女は「ヒイっ」と鳴いた。


「つ、強がってんじゃないわよっ! 今度はあんたの腕を折ってやるんだからっ! ボコボコにして、そのムカつく髪だって全部剃ってやるんだからあっ!」


「うるさい、わめくな。殺すぞ」


 もう相手にしていられないので、私は相手に集中することにした。マスクの二人組はバットを構えたまま、私の動向を伺っていた。


 …………。


雑魚ざこ


 端的に、そう表現してやった。それ以外はいらないと感じた。


 案の定、マスクでは隠しきれていなかった目に怒りに満ちさせ、二人同時に襲いかかってきた。

こんな感じで話をきりましたが、次回更新は月曜日となります。

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