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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第二章【双頭の悪魔:層塔の悪真】
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秘密

「真理愛の不穏な噂を掴んだ私は、あいつに足を洗うよう進言した。そうしたら、いじめの対象になった。それだけだ」


 色々と誤魔化すためにざっくりとした説明だったので、目の前の刑事は納得しなかった。


「いじめって……申し訳ないですけどね、あなた、それくらいで退学しちゃう人ですか」


 本当に失礼だし、何より聞き取りが全くできていないんだと呆れてしまう。


「机がない、文具がなくなっている、教科書が開かない……確かに、そんなもの、どうでもよかった」


 強がりじゃなかった。そんな経験が、小中学校でなかったわけじゃない。もっとひどい目だってあったんだ。あんな程度の低いもの、当然耐えられた。


 本当にそれだけなら。


「複数人で囲まれたこともあったな。校庭を歩いていたら、上から墨汁が降ってきた。体育をしていたら、野球の硬式球を頭にぶつけられた」


「え、と」


 話のレベルが上がったことで、公僕が言葉を詰まらせたが続けた。


「スリッパに画鋲じゃなくて、カッターの刃が仕込まれていて、足を入れたら綺麗に肌が裂けた。通りすがりの見知らぬ生徒にスタンガンをあてられた。少し目を離した隙にジャージを燃やされた」


「まだ、続きますか?」


「聞きたがったのはお前だ」


「いえ、なんだか、知りたくなくなってきましたから、結構です」


 手の平を私の前に突きつけて「ノーサンキューです」と拒んできた。本当に刑事失格だと思う。


 真理愛の指示で動いた生徒は、全校生徒だ。とんでもない数の人間が一気に敵になったので、反撃する余裕なんてなかった。


 しかも彼女はこれらを全て教師たちには知られることなくやってのけた。彼女の手際の良さで、私への攻撃は表沙汰になることはなかった。


 コーヒーをまた一口飲むと、最近やたらと容量が少なくなってきた缶コーヒーは呆気なく空っぽになった。


 少し離れたところにあるゴミ箱へ投げ捨てると、缶は弧を描きながらゴミ箱に入っていった。


「……そこまでのいじめに少しでも耐えたなら、すごいもんです。だけど、本当にそれだけですか」


「……婆さんのことか」


「やっぱり、そうなんじゃないですか」


 公僕がため息をついて、トレンチコートのポケットからメモ帳を取り出す。そしてその中に記されていた何かを確認して、哀れみの視線を向けてきた。


「聖さんの仕業なんですか」


「多分な」


 婆さん。今現在、私の保護者にあたる人物。そして、あの酒屋の店主。未成年の私はあくまで、手伝いでしかない。あくまで、書類上は。


「あなたのお婆さんは、数ヶ月前の夜にコンビニへ買い物に行った帰り道、強盗に襲われ、鈍器で複数回体中を殴られ、今も入院中……でしたよね?」


 あの夜、婆さんはテレビのリモコンの電池がなくなり、コンビニへ出掛けた。私は帰り待ちながら、迂闊にも眠ってしまい夜中に目が覚め、まだ婆さんが帰っていないことに気づいた。


 そして探しに行くと、道ばたで横たわっている姿を見つけた。


「いじめには耐えられたが、こんな私を拾い、高校まで通わせた人だからな。そこまで手を出されたら、もう身を引くしかなかった」


 孤児同然で、親戚中をたらい回しにされ、虐待まがいの扱いを受けていた私を引き取ったのが、今は亡き爺さんと、その婆さん。


 事件の翌日、私は退学を申し出た。そして真っ先にそれを真理愛にも伝えた。


 教室で「学校を辞める」と言うと、真理愛は黙って頷き、バンッと机を叩いた。


 その場にいた全員が真理愛の方を見たが、彼女はそいつらに見向きもしないで、俯きながら低い声で放った。


『今から挽歌に手を出したら、怒るから』


 真理愛のその一言で攻撃はやんだ。


 つまりそれが、彼女の勝利宣言だった。


「……どうしてそのとき、警察に」


「私もいじめられている間、あいつのネットワークには驚かされた。わかるだろ、高校だけじゃなかったんだ、あいつの攻撃範囲は。素直に言ったところで、今度は何がどうなるか想像もつかなかった」


 これは本心だった。婆さんは殺されてもおかしくなかったんだ。次は殺されると考えるのは、至って普通だろう。


「真理愛と関わらなければ、普通に戻れる。それでもう十分だった」


 本当にそう思った。私は彼女のことを理解せずに、虎の尾を踏んでしまったんだ。だからもう、虎に近づくことさえしなければいいと思った。


 最初から、欲しい虎児などなかったのだから。


「これが私と真理愛の関係性だぞ。満足か?」


 公僕はメモ帳を見つめながら、うーんと唸ってから、いやと否定した。


「傷魅さん、聖さんはあなたの過去を——」


 公僕が話を途中でやめたのは、私のせいだろう。本当に自然に、彼を強烈に睨んでいた。


「……知ってた」


「そう、ですか」


 私は立ち上がって、尻の周りについた砂をはたき落とした。


「もういいだろう。今まで隠していたことを白状してやったんだ。これが犯人に繋がるとは思えんが、有効に使え」


「爆発後、店を閉じていますよね? 今日もこの時間まで、一体どこで何をされていたんです?」


「舞踏会だ」


 適当に答え歩き始める。もう約束は果たした。私は真理愛との関係を赤裸々に告白したんだ、これ以上は何もしてやる必要ない。


 しかし、数歩進んだところで公僕が突然切り出した。


「お金が見当たらないんです」


 足を止めて振り向いて、未だにベンチの近くにいる公僕を見つめた。


「真理愛のか」


「ええ。聖さんは裏社会で相当稼いでいたのに、そのお金が見当たらない。犯人はそれ目当てだったんじゃないかという意見が捜査本部で出ています」


 そうえいば『自警団』も真理愛には報酬をはずんでいたと言っていたし、そういう組織は少なくなかっただろうと予想していた。


 真理愛は私の前ではごく普通の高校生だった。服だって、靴だって、財布だって時計だって、よく見かける安いブランドを使っていた 。


 特別に高級そうなものを身につけていた記憶はないし、何か高いものを買ったと言っていたこともない。


「彼女が受け取っていた数千万、いや下手をすると億を超える報酬の在処。それが事件の鍵だと、僕は考えています」


「……真理愛は別に消費癖はなさそうだったが」


「ええ。彼女の部屋にあったもの、学校に残っていたもの、全て普通のものでした。銀行の口座も親が作っていたもので、中身は大した額はありませんでした。どこかに隠していたと考えるのが普通ですが、それがどこなのかがさっぱりなんです」


「……これは嘘じゃなく、本当に心当たりがない」


 金の保管場所を警察が割り出せないとなると『自警団』同様、真理愛が厳重に隠匿に違いない。


 そうなれば、私だって知らなくて当然だ。


「そうですか。わかりました。今日はもう遅いですし、これぐらいで。割とマジで送っていきましょうか」


「構うな。叫ぶぞ」


「どんな脅しですか、警察相手に」


 くだらないやりとりを終えて公園を出た。またタバコをくわえて、脳を働かすために吸い始める。


 真理愛が犯してきた罪の数々は、あくまで彼女の「趣味」であり、それで得た金なんて、彼女からすれば「おまけ」みたいなものでしかないはずだ。


 しかし、それが一切見当たらないとなると、そこにまた秘密があるんだろう。

作中でも少し言いましたが……


さいきん、ほんっと! 缶コーヒーって容量少ないですよね! おかしいでしょ。

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