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ブラック・マリア  作者: 夢見 絵空
第二章【双頭の悪魔:層塔の悪真】
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今からあなたを脅迫します

「ああああああああっ」


 私はとっさに彼女に覆い被さり、その悲鳴を止めるために口を塞いだ。


 彼女がまだ悲鳴をあげようと暴れる。ふさいだ手が、彼女の唾液で汚れるのがとても不快で仕方ない。


 空いている手でポケットからバタフライナイフを取りだし、それを暴れる彼女の顔の前に突き立てた。


 金属がぶつかる、嫌な音が響く。


「黙れ、殺すぞ」


 気持ちが高まっていた自分にも言い聞かすかのように低い声で脅した。


 大池は泣きながら、自分の顔が反射したナイフを見て、喚いていた声を唇を噛みしめることでなんとか堪えていた。


「……真理愛を誰が殺したか、知ってるか」


「し、……知らないっ。ほんとに、本当にっ」


 痛みに耐えながら、必死にそう主張する姿は、嘘をついているようには思えなかった。


「なら……これが本題だ。お前、今は誰からクスリを買ってる?」


 ナイフに写っていた顔に動揺の色が見えた。


 真理愛が死んだ今、大池はクスリの入手ルートを失ったことになる。しかし、だからといってやめられるほど、あれは簡単じゃない。


 彼女がクスリをやめられていないなら、別の入手ルートに頼るしかないが、真理愛が校内で広げいたネットワークのほとんどは壊滅していて、彼女は身近に当てにできる人間はいなかったはず。


「真理愛から、別のルートも紹介してもらってたんじゃないのか?」


 その言葉に大池は目を強く瞑った。私はナイフを振り上げて、今度はもっと顔によせて、それを地面に突き立てた。


 またあの嫌な音が鳴った。


「あったんだな?」


「……ま、真理愛さんがっ、最近は警察の目が厳しいからって」


 大池はその後、嗚咽混じり説明しはじめた。


 曰く、今年の春になる頃、真理愛が彼女にあるルートの紹介をした。


 真理愛は「最近、警察の取り締まりが厳しいから入手が難しいの。しばらくはこの人たちから買って」と紹介したらしい。


 しかしあの事件で真理愛は死に、周囲から逮捕者がぞくぞくと出た。今度は自分の番だと怯える毎日が続いたが、結果として、彼女は捕まらなかった。


 これを機にクスリをやめようと思ったが、やはり無理だった。


 真理愛の事件でそのルートもだめなんじゃないかと思っていたそうだが、そのルートは無事で今もそこで買っているという。


「なるほどな」


 話を聞きおえて、少し考える。


 『自警団』以外にもやはりあったんだ、まだ生き残っている繋がりが。


 『自警団』の代表が言っていた通りだ。本当にばれたくないところは、情報管理を徹底していたんだろう。自分が死んだくらいでは、露見しないほど。


 そしてそれだけ真理愛が大切にしていた組織なら、何かを知っている可能性は十分ある。


「大池、クスリは次、いつ受け取る?」


「……三日後」


「相手も金を受け取りに来るだろう。お前はもういいが、そいつに用がある。どこで会うつもりだ」


 拒否権がないことを、ナイフを頰にあてることで示すと、大池はある場所を白状した。


 そこは元々有名なビルだったが、数年前に経営破綻したところだった。今は廃ビルになっていると聞いたことがある。


 待ち合わせ時間などの詳細と、彼女の電話番号を聞き出し、彼女の上からどいた。


「腕のことは適当に誤魔化せ。ああ、いい医者がいる」


 例の町医者がある場所を教えた。大池も自分の逮捕がかかっているんだから、誰かに言ったりしないだろうが、保険をかけておくことにした。


 あの医者なら適当にうまくやるだろう。


「じゃあ三日後。相手に余計なことを言うなよ」


 それだけ忠告し、その場を去ろうとしたのに、大池はすすり泣きながら、悔しそうに声をにじませた。


「なんで……な、なんで……真理愛さんは、私が、特別だって、優子だけだって……言ってくれたのにっ」


 ああ、と声が漏れた。


 その後に続く「なんて馬鹿な女なんだろう」という言葉は飲み込んだ。


 情けだった。





 せっかく収穫があったのに気分が晴れることはなかった。


 だからというわけでもないが、歩きタバコをしながら、それなりに距離があったあの場所から自宅まで歩いて帰っていた。


 モッズコートのポケットに両手をいれて、俯きがちに歩きながら、真理愛のことを考える。


 生きているのか、死んでいるのか。


 生きていたなら、なぜ今になって見つけろと言うのか。


 死んでいるなら、あの電話はなんだったのか。


 私は「真理愛」を見つけようとしているのか、彼女を殺した「犯人」を見つけようとしているのか。


 はっきり言えば、自分でも曖昧で、わからない。


 ただ、動かなければ落ち着かないし、納得できないし、耐えられない。そうなると、ひとまずは普通に事件を辿ることしかできなかった。


 意味なんて考えない。あるはずないから。


 煙を吐き出して、短くなったタバコを吐き捨て、まだ僅かに残っていた火をブーツの踵で踏みつぶした。

 苛立ちをぶつけるために、ぐりっとブーツを回転させる。


 そんなつまらなくて幼稚なことをした直後だった。


「ちょっとっ」


 聞き覚えのある男の声が前方からしたので顔をあげた。いつもと同じトレンチコートを着た公僕が、息をきらせているのが目に入る。


 ハアハアという息づかいが、冬の冷気にふれて白くなっていた。


「やっと見つけたっ」


 こっちへ駆け寄ってきて、手を膝につきながら睨んできた。


「深夜勤務ご苦労だな、公僕。まあ残業手当が出るんだからいい身分だ」


「そうですね。せっかくだし深夜に歩き回ってる未成年の補導でもしとこうかと思います」


「ならお前一人でやるな。パトカーを回せ。歩くのが面倒だ」


 公僕は話にならないとため息をつくと、まっすぐ立って私の目を見てきた。


「どこに行ってたんですか」


「舞踏会によばれていた。十二時が過ぎたから帰ってきたんだ」


「それはそれは楽しそうだ。その舞踏会、何か爆発物でも使ってませんでした?」


 その言葉に冗談を言ってはぐらかす気が失せて、黙って公僕の目を見た。相変わらず細く、奥が見えない。真意が読みづらい目だ。


「……用はなんだ」


「どうしても確認したいことがありまして。あなたと聖さんの関係について」


「またか……」


「またと言っても、ちゃんと素直に話してくれたことないでしょ?」


 公僕は自分の後ろの方を親指で指した。


「近くに公園があります。捜査本部に爆発のことを伏せていてほしかったら、お付き合いいただけますよね?」


 因果応報という言葉がある。信じたことはない。しかし、今日だけは、今だけは、この夜だけは、きっとそういうものなんだ。


「……寒いから、缶コーヒーを奢れ」


 私ができた反論は、百円の要求だけだった。

皆様、ハッピー・ヴァレンタインですね。


素敵な一日になることを祈っております。

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