寮の友とクッキー
しばらく歩くと、女子寮の三階に306号室があった。ここが私の部屋になる。
といっても、全然実感わかないんだけどね、なんだったら魔法の国にいることの実感さえまだあんまり湧いて無いかもしれない。なんというか私にとっては現実から遠すぎて、夢の中にいるようにふわふわした感覚で気持ち悪いんだよね。
それにこれからずっと敵対し続けた魔法の国の人と、寮の中で寝る時まで一緒っていうのは本当に夢の中を通り越して意味が分からないような、どうしようもないような感覚。言いようのない不安感というのもあったりする。
これからの生活への不安から、少し部屋に入るのを躊躇いながらも、ずっと扉の前に立っているわけにはいかないのでそっと中を窺うような感じで、恐る恐る扉を開ける。
「あれ? えーと、あ、そうそう。確かミリアルちゃんだったよね、私の一つ後に自己紹介した。私ミュアだよ、よろしくね」
おぉ、あの何だかフレンドリーそうな子か。鈍感かどうかは分からないけど、なんとなく仲良くなれそうなタイプだったのでほっとする。私を警戒している様子のビアンカさんとかだったらどうしようかと思ったよ。あとはミュアさんが鈍感だったらいうことないんだけど。
「ミュアさん、同じ部屋だったんですね、よろしくお願いします」
「うん、よろしくー。というか、同い年なのになんで敬語なの? 固いって、せっかく同室になったんだしタメで気楽にはなそ?」
予想以上の気安さだった。でもこんな感じに接してもらえると、なんだか不安で凝り固まっていた心がスッと溶けて安心していく、すごくありがたい。やっぱりいろいろボロ出さないか不安だったりはするけど、せっかく同じ部屋になれたんだから仲良くなりたいし、それに実質魔法の国で知り合いって前に会ったリュウシュン先輩ぐらいで、わたしぼっちだし。一匹狼のようなクールな存在じゃないから誰か知り合いが欲しいとも思っている。
「わかった、じゃあタメで話すね。あの……」
「ん? なになに?」
仲良くなるためにもまずは会話と思ったけど、言葉が思いつかない。科学の国だったら定番は、好きな芸能人とかになるんだけど、多分魔法の国にテレビが存在しないし、だったら芸能人なんていないかもしれない。うーん、ゲームもなくてテレビもない、魔法の国の人は一体何を娯楽にしているんだろうね? というよりこれらの話を封じられてしまったら、初対面の人と何を話せばいいんだろう? 好きな食べ物とか?
あ! そういえば食べ物といえばいいものを持ってきていた。
「クッキー焼いたの持ってきたんだ、よかったら食べない?」
魔法の練習に、せっかくだから普通に適当な魔法を唱えるより、好きなものを作れるようなことをしてみようとクッキー作りに初挑戦したんだよね。魔法で冷やしたり焼いたり、形を作ったりして。そこそこ綺麗なクッキーができたと思う。
「わぁ、美味しそう! 食べる食べる! ありがとう。ごめんね、私は今日何にもお菓子持ってきてなくて。持ってきていたら一緒に食べあいっこ出来たのにね。今度何か作るよ、あ、紅茶淹れるね。クッキーに合う紅茶なら持ってきているんだ」
上機嫌に鼻歌を歌いながらミュアさんはコップに紅茶を入れる。部屋中に紅茶の良い香りがふわっと広がった。なんだかおしゃれなティータイムを過ごしているような気分。
「えへへ、じゃあ早速いただきますー」
私の作ったクッキーが笑顔のミュアさんの口の中に放り込まれる。
ぼりぼりと咀嚼。そして嚥下に至る前に、ミュアさんが笑顔のまま固まった。微動だにしない。
「ミュアさん?」
笑顔のまま微動だにせずに、そのまま顔が青くなっていく。それでもどうにか動けば、ごくんと無理やり飲み込んだような音がし、紅茶を慌てて飲み始めた。どうしたのだろうか?
「ミリアルさん、もしかしてクッキーを作ったことがない?」
わぁ、すごい。正解!! どうしてわかったんだろうね。いやはい、察しぐらいつきますよ。それを聞いた後にクッキーを見ると、良い色だと思っていたクッキーがなんとなく禍々しいものに見えてきだした。少しドキドキしながらクッキーに手を伸ばし、口に入れる。
あれ、綺麗なお花畑があるなぁ。あ! きれいな川もある、ちょっとわたってみよう。
「ちょ!? ミリアルさん、しっかり、おーい! おーい!!」
肩をがしっと掴まれ、前後にガタガタ勢い良く揺さぶられる。ちょ、ま、やりすぎやりすぎ、別の意味で死にそうなんですけど。にしても何だかこのクッキー、ものすごく危険だった気がする。味見した時に味見したことは覚えてるけどよく味を思い出せなかったんだよね、大丈夫かと思って出して今二回目を食べたんだけど、やっぱり全然味が思い出せない。
不思議だなぁ……。
「クッキーは、今度は私が作るから。望むなら作り方も教えるから、とにかく一人で作るのは禁止!」
衝撃的な味だったんだろう。すごい剣幕で一人で作ることを禁止されてしまった。結構頑張って作ったんだけどうまくいかなかったなぁ、クッキーでもっと仲良くなれるかと思ったけど逆効果だったようにも思う、いろいろ空振りしてしまった。
「あ、ちょ、そんなにしょんぼりとしないでよ、まいったなぁもう」
残念と思ったことがそのまんま表情に出ていたらしい、私の表情を見たミュアさんが慌てて私を慰め始める。それでも元気にならないのを見れば、私が作ったクッキーの残りを食べ始めた。さすがにこれにはぎょっとして相手を見る、花畑が見えるまずいクッキーが体にいいわけがない。
「無理して食べなくていいから!」
私が慌ててそういっても食べてくれてる、あんまりに落ち込むから気を使わせてしまったのだろうか、うぅ自分が情けない。
「無理してないよ。だってこれミリアルさん一生懸命作ったんでしょ? それに仲良くなりたいと思ってそのクッキーを渡してくれたみたいだし。その気持ちがすごくうれしいよ、どーせ私は鉄の胃袋してるんだし、多少は大丈夫。だからそんなにしょげないで?」
うぅ、私のためにわざわざフォローを入れながら食べてくれる様は、まるで天使のようだった。すごく優しい。誰だよ、魔法の国が根暗だとかいろいろ偏見言い出した人、こんなにいい子もいるじゃないか。もっと科学の国と魔法の国の両方で理解が深まれば、偏見や険悪さって無くなっていくのかな?
「ごちそうさま!」
考え事をしている間にほんとに全部食べてくれたらしい、今度はちゃんとしたのを作ってあげたいな。
「食べてくれてありがとう。今度クッキーの作り方を教えて? 次は絶対美味しいのを作るから」
「オッケー、任せといて! 美味しいクッキーが作れるように指導するから。ミリアルさんの美味しいクッキーを楽しみにしているよ」
魔法の国に来て不安だったけど、あった時に感じたように、やっぱりミュアさんとは友達になれそうな感じがする。今度こそおいしいクッキーを作って楽しんでもらって、自分も楽しい時間を過ごして仲を深めていこう。
「うわ、やばいやばい。もうこんな時間だよ、早くねよねよ」
気が付いたら結構遅い時間になっていた。明日から魔法の国での初めての授業になる。魔法なんて、常識が違い過ぎて全く理解ができないのに、寝不足で挑んだらますます意味の分からないことになってしまうだろう。
「ミリアルさん、電気を消すよ? おやすみなさい」
それに今日はものすごく疲れた、早く休んでしまいたい、そう思いながら電気が消えてベッドに倒れこむと、瞼がどんどん重たくなってすぐに睡魔が襲ってくる。睡魔に身を任せそっと目を閉じた。
夜風と共に、何かのささやき声が聞こえる。耳を傾けそのささやき声を聞こうとしたけれど、意識は眠りの中へと落ちていった。