説明書はとても大切
思考を放棄したのも束の間、母からさらなる衝撃的な言葉が飛び出した。いやもう、これ以上刺激を与えなくても十分お腹いっぱいなんだけど。
「ミリアル、あなた、魔法学院の入学試験を受けるのだから、魔法について少し勉強しておかないとね。完全寮生だから、魔法について無知だと試験でも苦労するけれど寮生活でも大変なことになるわよ?」
「いやいやちょっと待ってよ、なんでわざわざ寮生の学校!? しかも試験とかできる気がしないし、いつの間に試験の手続きなんてしていたの?」
母親が何かしらの手続きをしていた雰囲気なんてない。手続きなしに試験を受けれたりはしないだろう普通なら。突っ込みどころが満載過ぎて頭を抱えたが、それらに関しては母は大変にこやかにほほ笑むだけで口を閉じている。ノーコメントですか、左様ですか。
こういう時はどう聞いても笑顔でかわすことを長年の経験から知っている。理不尽この上ない気がするが恐らく聞いても無駄だろう。私が諦めたころを図って母親が再び口を開く。
「この家の二階の隅の部屋が魔法について書かれた書庫になってるの。そこで魔法について勉強すれば良いと思うわ。いろんな本があるみたいだから。」
そういうとまたにこやかに笑いながら口を閉じた。とりあえず勉強をして来いということらしい、もういろいろ考えるの諦めた私はそのまま書庫へと向かう。古い本の匂いが部屋中にした、古い本の匂いに埃まみれな本を想像したが、意外にも本には埃一つかぶっていなかった。そういえば衝撃でスルーしていたが湖の中なのに建物内に水はなく、人がいなかったのに埃まみれでなく綺麗な家をしていた、つまりは家自体に何か便利な魔法でもかかっているのだろうか? そうだとしたら、めんどくさい片づけなんて魔法を知ればやらなくて済む? 掃除をやらなくてよくなるなら、ちょっとその魔法は覚えてみたいかもしれない。少しだけうきうきしながらとりあえず、入門書と書かれた本を手に取った。
『魔法入門書その1。魔法の概要。人間は誰しも、想いの力により魔法を使うことができる、それは精神から作られる力、魔力が存在するからである』
少なくとも私が知っている人間は魔法なんて使わないんですけど……。
『魔法とはいわば想いの塊。魔法には魔力が必要不可欠であるが、魔力だけで魔法を扱うことはできない。そこに何がしたいという想いが加わり初めて魔法として力が現れる。なお、言葉の力を使えば言霊の力を借りることができ、想いや魔力のコントロールが上手くいきやすい。』
想えば叶なら私は多分もう少し苦労なかったはずなんだけど。せめてここに来る間空を飛んだり瞬間移動したりで、肉体的疲労なく来たかったのですが。その辺はどうなんだろう。いやそれ以前に想うだけで叶って、魔法使い皆チートじゃないですか。
『魔法には種類がある。種類は大きく分けて三つ。敵を攻撃する攻撃魔法、味方を回復する回復魔法、威力を上げたり動きを止めたりする支援魔法。』
……、だんだん考えるのをやめたくなってきた。いや、確かに気にはなるんだけどあまりに自分の生活から遠すぎて、怪しい本でも読んでしまっているような気分だ。
遠いからいけないのか、それなら身近なものに置き換えてみよう。科学的に置き換えることができたならきっと親近感も沸くに違いない!!
精神は絶えず電気を発していて(もうこの時点でおかしいが全力でスルーする)、それを脳から出てくる指令により体外に出すことができる。言葉にすると、より脳が指令を明確に出しやすくなり、体外への放出の補助とすることができる。
……、非常に絶望的である。どう足掻いても魔法に親近感が湧きそうにない。ぐっ、百聞は一見に如かずという言葉がある、読んでばかりじゃダメなんだ、何でもいいから魔法を使ってみよう。
えーと、隣りの魔法書に書いてある最初のページの魔法は……。とりあえず魔法を使いたいという想いだけ込めて魔法書に書いてある言葉を発してみる。
「シエル・ラルム」
成功したのか体から何かが引き出される感覚と共に、ぽつぽつと雲もないのに室内にいきなり雨のようなものが降り始めた。なんとなく、夢でも見ているような狐に化かされているような、そんな非現実感を覚えてしまった。親近感は到底湧きそうにない。
きっと試行数が足りないんだ! こういうのは繰り返すことが大切なんだよ!! まったく知らないけど!!! なんて自分に言い聞かせれば次に書いてある言葉を同じ要領で言葉にしてみる。
「ルミエール・グラース」
雨が少し光始めた、そんなに眩しくはなかったのだけれど。ねぇ、この世に説明書を隅々までしっかり読む人がどのくらいいるのかな、読む人はしっかり読むのだけれど私は読まずにゲームとかして、困ったら必要箇所を読んで以上。この魔法書だって唱える言葉しか見てなかったわけで……。
後悔先に立たずとは、まさにこのことだろう。魔法について理解できなくてもしっかり読み込んで、そうどんな魔法かぐらい調べて使うべきだった。次から読み込んで使うようにすればいい? これはもはや手遅れだよ。
だって、魔法について書いてあった本は全て、花や木の実と化したのだから。そして何の魔法を私が使ったのかもう調べる術はこの部屋にはない。呆然として魔法を使いたいという気持ちが消えたからか、雨はやみ魔法は消えていた。しかし、花や木の実になった本は戻ることはないらしい。
ねぇ、これどうしたらいいの?
「ミリアル? なんか光が漏れてたけど何が……、本消えちゃったわね」
いつも穏やかににこにこ笑っている母親が顔を引きつらせていた。それでも頼れるのは母以外にいない、助けを求めながら母のほうを見つめた。
「ミリアル、残念な話があるのだけれど、私は魔法の知識はからっきしなの。だから、その、ごめんなさい。試験は運と気合で頑張って」
もう試験なんて投げ出してしまいたい、それになんで偉大な魔法使いの家系が魔法の知識からっきしなの!? そのうえ試験は神頼みなんて先祖が知ったらさぞ嘆きそうな話である。
私、試験受けなくていいのでは? ここに来てからどうも母への不信感が拭えない、勝手に決められた学校も、きちんと説明をしない母も、偉大な魔法使いの家系と言いながら魔法についてまったく知らないと言い張るのも。とはいえ、こんなところで口論してもどうにもならないし、疲れたから余計なことに体力を使うより休んでしまいたい。非常にいろいろめんどくさくなってきた、もう今日は考えるのはやめにしよう、明日考えればいいや。
溜息を吐けば言葉も出さずに母親の隣を通り過ぎ、適当に部屋を開けて行ってみる。母が運んでくれたのか私の荷物が置いてある部屋があった、おそらくここが私の部屋だろう。ずっと野宿だったからか久しぶりのベッドを見た瞬間体が求めるようにゆらゆらとベッドへ向かう。
どさっとベッドに倒れこむと、布団のふかふかとした感触に、食事も風呂もめんどくさくなりゆっくりと思考を手放した。