思考は早めに放棄してしまいましょう
あなたは、偉大な魔法使いの血をひいている。そんなことを言われたのがつい先週。
私、科学の国に住むミリアル・ブティラは、謎の魔法使い宣告を母親から受けて今は母と共に魔法の国に向かっている。
この世界には確かに魔法使いというものが存在している。最も私がいた科学の国ディルスベルク国には存在しない。ディルスベルク国にいる人は魔法が使えないため、魔法の代わりに科学技術が発展した。高層建築の家が立ち並び、彼方此方で乗り物と言われるものがはしったり、飛んだりしている。ガスコンロを使えば火が出るし、蛇口をひねれば水が出る。そして大人たちは、化学兵器と呼ばれるものこそ科学の技術の結集だとふんぞり返って答える。根暗で陰湿な魔法の国とは違い、知があり技術があると。
魔法の国は、アンプル王国という。こちらのトップは血筋が何より重視されているらしい。はっきり言ってアンプル王国のことは詳しく知らない。とにかく悪い国だといわれて育ってきた。科学の力を魔法の国に示す必要があるのだと。そんなこんなで科学の国と魔法の国はすこぶる仲が悪い。いつ戦争が起きるのか一触即発といった感じで。
おかげで、今回の引っ越しは友達の誰にも伝えることができなかった。魔法の国に向かうということは誰にも教えてはいけないと母親にいわれたから。そして科学の国の物も持っていってはいけないといわれた。ゲームが大好きだったのだが、ゲーム機をセーブデータと共に向こうに置いてきた、切ないなぁゲームがしたい。
いやそれよりも、もっと大きな問題がある。わたしはこれまで移動をずっと電車とかでしていたんだよ。それなのに、なんで何日間も歩き続けているの!? 干からびるし、筋肉痛やばいから。魔法使いなんでしょう、空飛ぼうよ、瞬間移動しようよ!!
「無理よ」
何も言っていないのに、無慈悲な宣告を受けてしまった。まぁ確かに、あっさりと飛べたりする方が困るのだけれど。学校で重力とか引力とかについて学んだのに、空を飛べたらこれまで勉強してきたことは何だったのかと問いただしたくなりそうだ。
それよりも問いただしたいことはあるのだけれど。偉大な魔法使いの家系がどうして科学の国にいたのかとか。魔法使いは魔法の国にしか存在しないのに科学の国にいるなんておかしな話だろう。それに、科学の国で私は訳も分からないまま魔法を使ってしまったのだけれど、母が魔法を使っているところというのを見たことがない。というか私も前の事故の時に一回魔法を使ったきりだ。いったい何がどうなっているのやらわからないことだらけで……。
「ミリアル、着いたわよ」
母の声に意識をそちらに戻し,母がみている先を同じように見つめる、その光景を見ると口があんぐりとあいて声なき声が息として口から洩れた。
飛んでいるのだ、目の前で人が重力を無視して。え、なに浮力? 浮力でも操っているの? 頭が大混乱になりながら目の前の光景を眺める、飛んでいるだけじゃない、科学で行っていた様々なことが魔法で行われている上に、到底科学などでは説明もつかずそれこそ非現実的だと言わざるを得ない光景が広がっている。
しかも人以外の生物がいるのだ、動物にカテゴライズしても良いのか分からない生き物。羽が生えている猫や馬、人はまるでそれが見えていないのか、それとも日常の一部なのかまったく気にも留めていない。
生物だけではない、ガスコンロ無しに火が付くこれは……、なんてガス代の節約ぶりだろう、ガス会社が倒産してしまう、ふと視線をずらせば蛇口も無しに人の手から水が出てきた、水道代の節約である、水道会社は目から水を出しそうな光景だ。
なるほど、科学と魔法は共存できないわけだ。魔法さえあれば科学なんて必要ないじゃないか、空を飛べるなら飛行機だっていらない、火も水もあるのだから、ガスもいらないし水道を設備する必要さえない。しかしそうなると自分が学んできたことは何だったのか、とやはり問いたくなってしまった。
だが、それ以上にワクワクするものを抑えきれなかった。もし自分が魔法を自在に操れるのなら、科学で複雑になっていてどうにも理解なんてできなかったものを、自分の手で自由に扱うことができる。
「にゃあに、そんにゃにニヤニヤしているんだにゃあ?」
変な喋り方をするものだと思いながら、ニヤニヤしているといわれ慌てて口元を抑えながら声がしたほうを見る。……、猫は羽があるだけでなく喋りだすらしい。動物のカテゴリーから外しておこう。
「そもそも猫じゃにゃいにゃあ」
……、加えて心を読まれてしまった。え、さすがに筒抜けとかそんなことはないよね? 偶然じゃなきゃ困る。
「きれいに心読まれているにゃよ。お前さん、精霊と契約しておいて精霊を知らないなんていわせにゃいにゃよ?」
なるほど! 精霊なら羽が生えていても、喋っても、心を読んでもおかしくないよね!!
「その通りだにゃあ」
……、肯定されてしまった。精霊にとっては当たり前のことらしい。いや、私の中では精霊そのものが当たり前じゃないのだが。なんだろうこの非現実は。そう言えばもう一つあり得ないことを言っていたような。精霊と契約しているとかなんとか……、え、契約!?
「契約されている匂いがするにゃよ。……失礼な奴だにゃ、契約の匂いは別に臭くないにゃよ。それだと精霊が臭いみたいになってしまうにゃ。一人の人間が大量の精霊と契約しすぎないように、精霊にだけわかる匂いがあるんだにゃ。その様子だと本当に契約した覚えがないみたいだにゃあ、精霊も近くにいるわけじゃにゃいし、お前さんは変な奴だにゃあ」
知らない間に何か一筆書かされたのだろうか。契約書にサインをした記憶はないんだけど、あれか、ゲームの利用規約に紛れてなんか変な契約をしてしまったとか!!
「心の声を読めてしまうのだから少しは気を付けたほうがいいにゃよ。ゲームなんて物は魔法の国には存在しにゃい。まぁ、精霊様だから見逃してあげるにゃあ、精霊は別に魔法の国の味方というわけでもにゃいしにゃ。それと契約ってのはそんな紙でやるような契約じゃにゃいにゃ、もっと魂とか……、説明がめんどくさくなってきたにゃあ」
消えたよ!? え、そこでどっか行っちゃうの、というか普通に魔法の国の人じゃないってばれた、やらかしたっ。冷や汗止まらないんですけど!? まさか精霊に限らず魔法の国の人普通に心読めるとか言わないよね、詰むんですけど。魔法の国、恐るべし。
「ミリアル? 何一人で百面相しているの? もう、家に着いたわよ」
どうやら母親にはあのけったいな生物が見えていなかったらしい。誰にでも見えるわけではないのかな? いや考えるのはやめにしよう、これ以上非現実的なことを考えたら思考がショートしてしまう。
というか、目の前の湖を前に何を言っているのだろう? あれか、じつは湖の中にも街があるとかそんな馬鹿なことは……。ありました。
母が平然と湖に入っていくのにぎょっとして、なかなか出てこないのを見て溺れたんじゃないかと慌てて湖に入ったら、街が広がっていました。嫌うそでしょ?
ちょ、カメラどこ。これはどっきりだよ。
「あらあらー、これぐらいで驚いていたらこれから先大変よー。あと息できるから普通に呼吸しなさいな」
え、あ、ほんとだ。呼吸ができた。いやちょ、エラとかないのに何で呼吸できてるの!? というか何この街、城があるから城下町??
「お母さん、何ここ……」
「家って言ってるじゃない。この湖の中の街全部家よ。まぁ、整備されていないから住むのはあっちのでかい建物になるわねぇ」
お城ですか、そーですか。
……、あまりに驚くと人間は思考を放棄してしまうことを私は今日学びました。