殿下の意志
口から洩れた奴隷制度否定の言葉に、身体に冷や汗が流れる。下手したら科学の国の人とばれるかもしれないし、王の制度に否を答えるのも危ない橋だろう。
やばい、まずいと、頭から警戒音が響く。それでもやはり止まらなかった。
魔法の国の人が、科学の国の人に対して何にも感じていないと分かっていても、言うしかなかった。
「間違っていますよ殿下。奴隷制度は」
「何故そう思う? 国の利益でみれば良い事は沢山あったはずだ。貴族が消えた事により、貴族に見下され虐げられ理不尽な事をされる人がいなくなった。仕事に時間を割かず自分のしたい事が出来るようになった。魔力を搾り取り魔法を使うことで道具や建物で公共の施設はより整い、暮らしが楽になった。メリットはいっぱいあった。でも私は正しかったとは思えない、それが何故だかはっきりとわからない。しかしお前は、正しくないと自信をもって言う。何故だ?」
まっすぐ瞳を見つめられる。無機質に感じられる目は少しだけ不安げに揺れながらも強い炎を滾らせていた。
殿下は、自信が無い、父のすることに疑念を抱いてはいけないとさえ思っているかもしれない。それでも、この国の王家として正しい事をしたいという意思が強い。
返事を間違えてはいけない、そう思った。
これは大きな分岐点だ。私が科学の国の人間と気付かれず、上手くこの制度を否定出来たなら、きっとこの王子は廃止を実行に移す。それぐらいの意思があの瞳にはある。
私は大きく息を吸う。落ち着け、そう自身に言い聞かせ口を開く。
「殿下は、もし科学の国が私利私欲のため、魔法の国の人をさらい魔法の国の人を奴隷のように扱えば、どのように思いますか」
「怒りが湧く。民は国の宝だ。王家は民を守る義務がある、だからそのような事態決して許せるものではない」
綺麗事だと思う、きっとほかの人が言ったなら綺麗事だと吐き捨てただろう。
王は、必ず生き伸びなくてはいけない。統率するものがいなくなれば、国が混乱するから。だから、時として民を犠牲にしてでも玉座にしがみつかなくてはいけない。そんなあなたが何を言うんだと。
でも彼は、民も守る上で玉座にもしがみついてやる、そんな気迫あった。
まだ学生なのに、子供らしさはない。人を惹きつける何かがある。
「では殿下、貴方が殿下という立場にいなかったらなんとも思いませんか?」
「いいや、それでも科学の国を憎み、何時さらわれるか恐れ、さらわれた人を思い悲しむだろう。それが知り合いだったなら尚更だ」
そして、殿下の心は素直で綺麗だ。
「科学の国も同じなのです。魔法の国を憎み、恐れ、悲しんでいるでしょう」
「そうか、そうだな。自国の事を考えるあまり失念していた。それでは、戦争が起きても文句が言えぬな。私は、戦争を起こしたくない。王や民は科学の国と戦う気でいるが、戦争は無駄だ。命が失われ、悲しみや憎しみを生み、力でねじ伏せた国はいつか反乱をおこし、国を疲弊させる。そしていずれ戦乱の種となる。領土や資源、権力、得られるものはあっても、長い目で見たら全て消えてしまうものだ」
魔法の国と科学の国が戦争をするなんて考えたくもない。
でも、確かにこの国は戦争をする気だ。短い期間でも分かるぐらいに、この国は本気だ。
「でも、私には父を止めるだけの実績も、権力もない。歯がゆいな。せっかくこの国の第一皇子として生を受けたというのに、私に出来る事はあまりに限られている。なぁお前は、私に協力する気は無いか?」
協力? 魔法の国の?
「殿下は一体何がしたいのですか?」
もしも、殿下が科学の国と魔法の国両方の平和を願うなら、私は協力する理由こそあれど断る理由はない。殿下は科学の国も救う気でいる?
「私は、父が行っている政治の改革を行いたい。私が即位したらすぐに今の制度を壊す。そのためには協力者がいる。私だけでは出来る事が少ないからな。でもそれは今出来る事じゃない。今私がしたい事は、科学の国から攫われた奴隷を死なせないようにしながら、私が即位するまで生きてもらう事。即位したらすぐに国に返してやるんだ。それから、子供たちから戦争より和平のほうがずっと大事だと意識改革をさせる」
「殿下の御心のままに。私は殿下に協力致しましょう」
魔法の国嫌いだ。魔法の国の人も憎たらしい。それでも、この王子は信じてもいい気がした。
「よし、感謝する。では見せる物があるから、ついてこい!・・・ところでお前、名前は?」
殿下はどうやら、私の名前なんぞ覚えていなかったようです。
ここまで会話しておいてそんなオチって。