葉っぱ一枚と命ひとつ 2
それからずっと、その先輩は何かとフリューシャにつっかってきた。町ですれ違う時に気付いていようがいまいが肩をぶつけてきたし、ついでに足を引っかけてきた。
剣の訓練をしている夏樹や他の新米冒険者たちに絡んで、あいつのことをおしえろと凄んでいるのもすぐにフリューシャたちの耳に届いた。例えば急に二人での打ち合いの相手に割り込んできて夏樹を打ち負かし、あいつの弱点を言え、と脅迫したり、買い物をしているタリファに絡んでいって同様の脅迫をし、彼女が何も言わずにいると袋から買ったものを奪い取ったりした。
テトグは素早くて捕まらないからか絡まれず、ずっと上級の冒険者や、ジェニーニャのような集落の魔導士がいるときには絶対に手だししない。
それが十日ほど続いた後、六人と一体が揃って買い出しに出かけたときだった。大通りのど真ん中であの先輩が向こう側から歩いてきた。六人は身構えたが、あの先輩は鼻歌を歌っていてとても上機嫌だ。ごつい体がスキップで跳ねる。手に何か持っていて、もみほぐしている。
無視して通り過ぎようとした六人は、すれ違う時に何か抹茶色のものを塗りたくられた。べたっとした感触。それに、とても臭い。
安価な薬草の一つの匂いだとすぐに分かった。傷一つないのに塗り薬を塗られても困る、とシュピーツェが言うと、先輩はぐっと彼のほうに身を乗り出して、シュピーツェが背負っている荷物の上にいたハユハユにまでべったりと薬草を塗り付けて、素早く六人から離れた。
「ちゃんと、教えてもらったぞ。おまえが教えてくれないから、時間は余分に食ったけど、店より四分の一くらいで済んだぜ。あの時さっさと教えてくれたらさー、あれくらいなら君に払ってもよかったのになぁ? もったいねーなー」
先輩は言うだけ言うとそのまま去っていった。その時からあとは、見かけても何もしてこなくなった。翌日にはもうフリューシャが気にしなくなったので、五人と一体も以降は気にしないことにした。
さらに数日後のこと。あの女性冒険者が、前に見たときとは違うメンバーと一緒にパーティを組んでいるのを、六人と一体は見かけた。
何人かは剣の練習などで先生役をしていて、見覚えがある。お互い挨拶をして話をしているうちに、女性の前のパーティの人が一人もいないのは何故だろう、という話になった。
「寝てるよ」
女性は言った。採ってきた薬草の一種類を煎じて飲んでから、中毒症状が出て寝込んでいるという。その草は通称で『悪魔の草』と呼ばれている。
『悪魔の草』は、疲労回復や、病気の時の体力維持・回復に広く使われる薬草だが、年に数か月の間だけ、毒を持つ株がある。
見かけだけでは毒のあるものかどうかわからないので、扱うのは基本的に森で長く暮らしている人や、薬草について専門に学び資格を持っている人だけだ。
この草は広く使われることと、毒のない時期なら特徴が分かりやすいことから、冒険者が採取の依頼を受けることも多いが、その場合も区別ができる人がいるかどうか簡単な試験をしてからでないと依頼を受けることができない。
あの先輩と仲間たちは、遺跡への道中で偶然『悪魔の草』の群生地を見つけて、採れるだけ採ってきたらしい。それを、鑑定どころか自分たちでよく観ることもせず、あの草だから、とさっさと乾かして煎じてしまった。
たまたま飲まなかった仲間が、残った薬草で何とかならないか尋ねるために鑑定してもらった相手を探した。相手は店を持っていたわけではないし、出会った場所にはおらず、町中を探しても見つからなかったのである。
女性は、「あいつらをほっておくわけじゃない。薬代と、ちゃんとした鑑定代を稼ぎに行くのさ」と言って去っていった。
後日、あの先輩と夏樹がすれ違ったが、先輩はひどくおびえた顔で、夏樹を見てもさっと顔をそらし、足早に離れていった。その話を聞き
「ちょっと、意地悪だったかな」
フリューシャは心配したが
「それぐらいで充分なのだ。仲間同士であっても、我々は武器や鉱石の鑑定書を書いてもらったら、ちゃんとタリファに金を渡すだろう?」
「自分自身だけじゃなく、仲間の命もかかった商売をないがしろにしたんだ。三日で元通りなら授業料としては安いもんさ」
ハユハユとタリファが平然と言うので、フリューシャも夏樹たちも、どういう顔をしていいのかわからなくなるのであった。
次回は2~3月中に投下します。別の、短い作品書いてるので遅ければ4~5月まではこんなペースになると思います。