いもとアーシャ式小説 3
皿の上には、片手に収まるくらいの、楕円形をしたちいさな揚げ物が二つ乗っていた。さきほどの麺とは対照的に、はっきりと主張するじゃがいもの香り。そっとナイフを入れると、さくっという音ののち、和音のように肉の香りが流れ込んでくる。やや薄めに作られている以外は日本の総菜屋にあってもおかしくない、じゃがいもとひき肉のコロッケが、そこにあった。
「この地方は、歴史に残る限りは実りの国のひとつとさえ言われるほどの、ほどよい温暖さと湿度を保った、誇るべき国土です。」
店員が、コロッケをあっという間に平らげた六人と一体に、説明を始めると宣言した。六人と一体が頷くと店員は丁寧に頭を下げ、説明を続けた。
かつて、この地方に、記録に残る限りはただ一度だけ、恐ろしい規模の飢饉が襲った。なぜかその年は、天候不順が続き、雨が一度に降りすぎて洪水が起こった。北部にそれも数日しか降るはずのない雪が、南部でさえ一週間以上続いた。本来は晴れと雨が交互にやってくる季節でも、ひと月晴れたままだった。
作物は濁流に流され、あるいは雪でちぢれ、あるいは水を得られずに枯れた。はじめは節制や備蓄によって耐えていた人々も、病人や年寄りやこどもから、飢えや病気に耐え切れずに死んでいった。
一万人以上居た人口は、ふたたび春を向かえ次の年が訪れた際には千人を割るのではないかと言われるほどだった。
そんなとき、この地方に、北方から援助が届いた。大量のじゃがいもだった。北方はあまり作物が育たず、貧しい集落ばかりで、それが精一杯だった。それでも援助を届けた長耳族たちは、人々の空腹を癒すために、ひたすらこの作物の作り方を広め、かつ、配給としてふかしイモを作っては配った。
近隣の地域でも同様に北方の人々がじゃがいもを配ったが、多くはない地域で配給をその場で食す以外広まる様子はなかった。そのため、数年の飢饉の間に、この地方だけがじゃがいもを作り続け人口をほぼ保ち、後に国が出来る際に首都となるなど、繁栄の第一歩を踏み出せたのだ。
飢饉が終わり、少しずつほかの作物も育つようになり、誰からともなく、感謝の祭りを開こうという声が上がった。
その頃には、じゃがいもは膾炙しすぎて、また他の様々な料理に押されて、貧乏人の食べ物とさえ言われるほどにさげすまれていた。それでも、祭りのときにはあの頃のようにじゃがいもの料理を食べよう、ということになり、家々で当時をしのんだ。
その際、新しいじゃがいもの食べ方を知りたいと北方から招いた料理人が、集落で伝統ある家庭料理のひとつとしてコロッケを伝えたという。
それを記念し、彼らへの感謝の祭には、必ずコロッケが食される。この店では誰でも、記念祭用の食事をいつでも、食べることが出来るのだ。
翌日、テントや露店がひしめく市場を訪れた六人と一体。もちろん、じゃがいもの屋台もある。何種類ものじゃがいもが、山と積まれている。
手にとってじっと見つめるフリューシャやシュピーツェに、あれは簡潔にふかして食うのが旨いだの、煮込んでも崩れにくいだの、こいつはつぶしてサラダがいいだの、店の親父が売り込みをかけてくる。
それをあしらうタリファとダージュ。フリューシャの頭の上にはハユハユがひっついていて、隙を見せるなと叱るがフリューシャはふらふらと店に吸い寄せられていく。そんな四人の後ろを、一生懸命テトグと夏樹がついていく。
夏樹はコロッケを知っていたことから、一番じゃがいも料理に詳しいということにされてしまい、次のキャンプで何か一品作ってくれと言われてしまったのだ。
じゃがいも屋台の店主の売り込みを聞きながら、テトグがほいほいと種類を選んで夏樹が支払いを済ますと、それを見たダージュが声をかけて、屋台をあちこち彷徨うフリューシャとシュピーツェを連れ戻そうと探し回るのだった。
レムシアを出て、旅人や行楽のためのキャンプ場に入った一行は、時間がちょうど良かったのでさっそく料理に取り掛かった。夏樹が言うとおりに野菜を切り、鍋で肉と共に炒め、砂糖代わりの甘粉という黄色い粉を入れたところで、夏樹は気づいてしまった。
「どうしよう……」
この世界には、醤油がなかった。港町に行けば魚醤が存在するが、内陸では手に入らず、夏樹は魚醤というものの存在自体を知らなかった。
急遽スパイスを入れて、『カレーの香りがする、肉じゃが風の何か』が完成したのであった。
次回は15日(金曜)~17日(日曜)のいずれかに投下します。