番外・アーシェのニホンはとても難しいところです
アルネアミンツに、アーシェの特に日本の書籍を翻訳・翻案した書物を専門とする出版社や書店がある。人気なのはいわゆるライトノベルと、それらとは全く違う時代物だ。時代物の場合は初期には歴史や文化的な要素が分かり難いという理由で翻案が多かったが、五年以上たった現在では、翻訳も多くなってきた。
初期の翻案の場合、例えば江戸などを舞台にしたものだと、江戸は東方のどこかにある都市国家の首都エドゥというふうにされた。同様に、日本や中国の都市は東方のどこかになるとか、西方や北方、東南地域など、気候や文化の似た場所の話に置き換えるのだ。
置き換えに関しては、多くの場合、特に問題は起こらなかった。しかし、避けては通れない問題が発生した。
問題になった大きな話題のひとつは、将軍と天皇をどうするかだ。
最初に翻案を手掛けた作家は、はじめ将軍を国王に置き換えた。途中で、京都が出てくるエピソードで天皇の扱いに困った。彼は京都を別の都市国家にして、天皇はそこの元首ということにした。しかし、将軍との関係の影響が強いエピソードでは日本人が読むとどこか違和感があるふうになってしまったことも多かった。逆に、知らないまま読むと両者(に当たる人物)の関係性がつかめなくなるのだった。
別の作家は大名たちを元老院や議会などに相当するということにして将軍を議長にして天皇を国王にした。
またある作家は大名を都市国家の国王に、将軍を都市国家群をまとめる王にした。ところがその作家は他の作家たちよりも下調べをしなかったので、天皇を都市国家キョウトゥを治める国王にした。そのせいである巻でとんでもない不敬な誤訳が発生して首になった。
位の高い人物についてとんでもない印象を流布するような文章を発行する失礼な出版社、という評判が立っても困るし、ましてアーシェの中で最も渡航者が多いだけでなく、最も関係が深い国相手に喧嘩を売るような馬鹿を侵すほど出版社も無能ではなかったというわけだ。
以降は翻訳した本文のはじっこに、文化や歴史的な事項の注釈をつけるというスタイルが確立した。
例えば、某有名な諸国を旅する話などでは、主人公をはじめとして役職の説明であるとか、御紋の役割であるとかが、該当ページの端についている。
逆に、アーシェの出版社に、シェーリーヤからの翻訳・翻案専門の会社はないし、特別によく売れるということもない。主に日本のラノベやゲームのせいで、異世界に慣れているからだろう。
渡航したある作家は、翻訳されたライトノベルを規制ぎりぎりまで持ち込んで数千冊読破し、嘆いたという。自分の作品を売り込むのは不可能だ。彼女はそう書き残している。
「アーシェを旅して、それを書き、シェーリーヤに戻って売ることはできるが、これまでの自分の作品を翻訳してニホンで売っても、陳腐なものとされてしまうだろう。」
その紀行作家のエッセイを読んだ人の中には、アーシェ人とみるやライトノベルのタイトルをいくつかあげて内容を教えてくれとせがむ者が現れているという。
とある国の都市部でそんな書評を読んだ夏樹は頭を抱えた。
「そうか……だから黒髪を隠せって入国のときに言ってたんだ……もう遅いよ……。」
次回は明日6日火曜日に投下します。