東方式の宿はあいつに向いてない 2
この宿の場合朝食は時間は決まっているが部屋で食べる。昼食は申告すれば希望の時間に部屋に届けられるが基本はなし。夕食は大部屋で一緒に食べる。大部屋で全員で食べるのも部下が王の暗殺などを狙いにくいように、料理人(と諜報系など)を除くすべての部下がともに食事をする風習が庶民にも広まったものだ。
また、部屋ごとに風呂は設けられておらず、部屋やフロアごとに指定された時間帯に入る。そして全室一斉に消灯される。風呂は様々に分かれている。男用、女用、両性族(や性的マイノリティ)用、獣人用の四つだ。
砂漠の民の一部や長耳族のように、公共の場で肌をさらしてはいけない風習がある人など、どれにも入れない・入らない人は全ての指定時間帯の後に一組十五分程の区切られた時間に入ることになる。
しかも、こうした『温情』は、この宿ができたときからあったわけではなく、つい先月くらいに始まったものだという。ちなみに、ハユハユが案内の人を捕まえて質問したところ、波動生物は羽毛状の部位をもっているから入りたければ獣人と一緒に入れと言われた。
なお、入れ墨を入れている人、皮膚の病気(空気感染や接触感染がなくても)の人は湯に入ることができない。
まったく東方の気配のない街並みを眺めながら、食事の時間まで思い思いに過ごす六人と一体。夏樹はこちらの世界についての勉強を兼ねて、伝記ものの子供向け翻案を読んでいる。
ルプシアの歴代の有名な王について簡単に紹介する本で、十五人ほど紹介されている。初代と最後、国が二つに分裂したときの王、有名な戦いや事件のときの王、人気が高かったり熱く慕われた王、不人気だったり政策的に失敗した王など、時代順に並んでいるし、それぞれの王の治世当時の世界についても軽く触れるコラムがあったりして夏樹にはありがたい。
歴史が苦手なフリューシャとダージュも、夏樹と一緒に、ハユハユとシュピーツェを先生にしてあれこれ説明を聞いている。テトグはベッドの上で寝転んでいる。タリファはしばらくパンフレットを見た後、宿の中を見て回ると言って部屋を出ていった。
夕食の時間が近くなるとあの頼りない案内人が部屋を回ってそこにいる客に声をかけ、席順を書いた紙を配っていた。このあたりの人たちが普段食べる時間より早く、フリューシャたちにとってもまだ少し、おなかがすいていないという感触のほうが大きい。
そんなに量が多くないという話もあるし、時間はゆっくりある。時間をかけて食べればいいか、などと話をしながら大部屋の扉を探す。
幅広い、障子やふすまのような木の引き戸が開け放たれているのをみつけ、大部屋へ入ると、六人と一体は並んでいる大量のお膳の中からさっそく席を探しあて、平たいクッションが置かれた低い椅子に座った。夏樹は修学旅行で泊まった旅館みたいだなと思うのであった。
席に着いた六人は奇妙に感じたことがある。隣の席が十人分、上等な敷物にお膳や椅子が置かれている。敷物の厚みで、多少席が高くなっている。見ればお膳も塗りが違う。漆のような塗りもののお膳なのだが、色が深く艶が美しい。
適当な従業員を捕まえて尋ねると、なにがしか位を持った高貴な客が泊まっていて、そのための席なのだという。
どんな人だろうとワクワクしながら食事を待っていると、敷物の席の六人がいるのとは反対側に三人席に着いた。ルルンストの、国会議員に相当する人とその配偶者と秘書であるが六人と一体にはわからない。ジャケットやスラックスの生地にラメが入っていてちょっとうっとうしい。
さらに四人やってきて、そのうちの一人が先の議員と六人にあいさつして席に着いた。ルプシア諸王国の貴族の親類だという。先々代の王の兄弟の息子のひとりと世話係三人らしい。
あとはその四人の親類と世話係が来るのだというその男性を見ていて、六人は不自然にならないぎりぎりで、男性から目をそらした。それと同時に、男性の向こう側から、聞き覚えのある声がした。
「何故お前たちがここにいるのだ!!!」
大声をたしなめる男性の向こう側に、クリスティンが立っていた。モデル立ちのような斜めポーズで、びしっと六人を指さしていた。
次回は明日16日に投下します。