こんなところで日本人 4
二年生の年明け、夏樹は大翔と同じ学校の人から病院を聞き出そうとしたがクラスメイトですら誰も知らなかった。彼らの担任の先生を探して尋ねても、病院の名前を担任以外に知らせないようにと保護者から連絡があった、と一点張りされてしまうのだった。
夏樹は一月末に部活をやめて、春休み中と、三年になってからは毎週土日に自転車で市内の病院を回り、大型連休前にようやく病室を探し当てることができた。本来は担当医や決まった助手以外立ち入ってはいけないという内容の注意書きが扉に張られた一角に、大翔の病室はあった。
人がいないことを確かめて病室の中をそっと覗き見た夏樹はようやく大翔と再会することができた。そのころには夏樹は渡航の申請を終え一次審査を通っていて既に準備を始めていたところだった。
「どうしてわかったの……先生に聞いたのかな。お母さんに叱られちゃうかなあ、僕も先生も。」
大翔の肌は青白く、頬がこけていて、夏樹が握ったその手も、老人のように骨ばりかけていた。手術自体は成功しているものの、術後の経過が勝負だと言われている難手術であり、昨日目が覚めたばかりの大翔は意識を保っているだけで精一杯だ。
でも眠ってしまったら次にいつ目が覚めるのかわからない恐怖が襲うのだと、大翔は寂しそうに言った。
手術代金は大翔の貯金から払われているし、親からは家を追い出され病気の専門家についていってアメリカへいくように言われていて、生きていても死んでも、学校をやめて、ようやくできた数少ない友達ともう会えないに等しい。
回復する気力も起きないだろう、と夏樹は表情を曇らせた。
「どこへも行けなくなっちゃったなあ。せめてVRゲームがあったら、走り回ったり、体育の授業や部活動でスポーツをやったりしてみたかったけど、今の体力じゃ接続するだけで無理だもん。」
大翔はこれからの生活について、何もかもあきらめきっている。夏樹は痛いほど実感してしまった。少しの沈黙の後、夏樹は大翔に告白した。
「僕、異世界渡航申し込んだんだ。まだ家族にも言ってない。僕と大翔しかしらない秘密。……ほかの誰も知らないようなものをいっぱい見て、たくさん聞いて、色々味わって、帰ってきたら全部君に話をするよ。君がどう思っていても、僕にとって君は一番の友達だよ!」
やがて足音が近づいてきた。大翔が部屋を出るように促し、夏樹は逃げるように病院を去った。一週間ほど後に、渡航が決まった日に数分だけ話をしたのが、夏樹が大翔とともに居た最後であった。
カハールアに入って一週間目、夏樹は市街地で兵士に呼び止められた。検視の結果が出たのだ。先日の検査所に呼ばれ、結果を聞いた。
遺体は、大翔ではなかった。制服と薬瓶は大翔のものだが、寝袋やスマートフォンなど多くの荷物が大翔のものではなく、大翔の双子の弟・大樹のものであった。顔写真を見ると実にそっくりだった。存在も知らなかった双子の弟であると想像するのは難しいことであり、夏樹にはむしろ申し訳ないと説明している兵士は言った。ちなみに瓶の中身は市販の胃腸薬錠剤であった。
大樹に関しては、夏樹と同じ時期に渡航してきた記録が残っている。住所はアルネアメリアの南に接している農耕の国ルルンストの首都になっている。
母親は地球では大翔と二人暮らしだったが、大樹とともにこちらへ渡航している。父親は二人が生まれてすぐに離婚していて、以降の消息は不明である。
渡航先の住所の近所に聞き込んだ結果、大樹は近くに住んでいた別の渡航者に惹かれて、あとを追いかけたようだとわかった。
母親はそれを知って寝込んでいた。目が覚めてからも体が弱っていてある程度回復するまで近所の人の世話を受けていた。元気になってしばらくして、家を引き払い行方不明に。関所の記録はルルンスト~アルネアメリア間しか残っていない。
残った家を調べたところ、元は大翔のものだったと推測されるものが見つかった。母親の字で、名前が上書きされているものもある。
そして大翔本人は、夏樹が渡航した後、年を越せずにアメリカの病院で亡くなった。術後云々というより無気力になっていて治療に耐え切れなかったのではないかとのことであった。なお葬儀などはすべて同行した医師が全部負担し、その医師の関係者のみで済ませた。大翔の親類は誰一人来ていないし連絡なども一切ないとのことだった。
事情を知ることができた夏樹は、兵士と調査員に礼を言い、出国までの数時間の間に手紙を書くからそれを大翔の担当医師に渡してほしいと頼み、封筒と便箋を買うために店を探しに出ていくのだった。
次回は14日月曜日に投下します。