大草原の大きな家 4
メイドや執事以外の全員が席に着くと、男は当主の傍らに立ち、話し始めた。男はハウススチュワート、つまり執事をまとめる立場の者なのであった。
この家は、とある貴族がアウリェートゥエ家に譲渡したもので、長く傍系の家族の家として使われていた。あるとき使っていた一家が伝染病で断絶した。当時の当主は不気味がってその家を手放した。だが、現在の当主はその屋敷に思い入れがあった。買い戻したいと、所有者を探し求めた。
やっと現在までの足取りを追うことができたときには、書面のやり取りとの時間差で、家は貸主に売られてしまっていた。当主は男に、貸主と交渉し屋敷を買いなおすように命じ、それが先ほどなされたばかりであるという。六人に家を貸した貸主も、椅子から立ち上がって、話は正しいことを証言した。
当主は黙って、じっと正面を見つめている。まるで、横で話す男の話を無視しているようにも、話を聞いて熟考しているようにも見えた。
六人と一体は話し合い、貸主が認めるのなら、嘘や何かの詐欺などではないだろう、と信じることにした。しかし、急に出て行っても宿も何もないので、代わりの宿をあてがうか数日待ってほしいと当主に申し出た。
当主は男に耳打ちすると、男はもったいぶったような話し方で、アウリェートゥエ家当主・トゥワイエ十九世は貴公の申し出を受け入れる、と話し、それから元の口調に戻って、小さくはなるが、所有する中から一軒の家を利用する許可を与えましょう、と言った。
狭かろうが平気だし、と契約をかわそうとしたとき、門の向こうから小路を走ってくる者がいた。
「待て!!」
黒い髪を肩まで伸ばし、ひげをたっぷりと蓄えた中年の男が、トゥワイエから数メートル離れたあたりで立ち止まった。ぜえはあと息を切らして、あごやもみあげの髪の先から汗のしずくをいくつも垂らしている。身なりは、トゥワイエと同じくらいに上等なもので、上着の襟や袖口などに家の印らしき紋章の刺繍が美しく施されている。
「この家はァ、ハァ、ハァ、私の、ものだ!」
あとから追いかけてきた、同じ刺繍の入った礼服の執事が、皮紙に書かれた文書を掲げた。
『旧サットワ家/アウリェートゥエ傍系 屋敷を XXXX年若葉月十日より ヴォーゲ・デア・デーデルの所有するものと認める』
文書には複雑な模様の印鑑が押してあり、その隣に貸主のサインがある。日付も、先に聞いた話の書面と同じだ。ヴォーゲはぼんと現金を見せつけ、家を買い取ろうとする。貸主は、そのサインに覚えがないというが、偽造の跡は見られない。時間まではどちらも記録されてないから、どちらが早いのか、あるいはどちらが本物でどちらが偽物なのか、わからない。
貸主や六人と一体は知らなかったが、ヴォーゲとトゥワイエは幼いころからの犬猿の仲として、近隣では有名な貴族なのであった。ヴォーゲの後ろから大きな台車を押す人が来て、文書を掲げた執事が台車の上のカバンを開け、中の手形と金の塊をテーブルに置いた。
「構わんさ。そちらが先というなら、今から買い取るまでだ。」
自信に満ちあふれたヴォーゲに、耳打ちされたトゥワイエの執事は、書面にある倍額をこの場で払うことを要求している、とトゥワイエの意向を伝えた。
ふん、そんなことか、簡単だ。ヴォーゲは手形の金額にゼロをつけ加え、これで私のほうがお前より不動産王にふさわしい、みたいなことを口走ってしまい、静かだったトゥワイエの顔が一気に赤みを帯びてきた。乱暴に執事の袖を引っ張り、耳打ちをしては、怒りのオーラで満ちた表情で足を鳴らし始めた。
フリューシャが、自分たちはどうなるのかと近くの執事に尋ねると、どうなるにせよ、すぐに出ていかなくてはいけないでしょうね、と言われてしまった。六人はついに立ち上がって耳打ちせずに執事に指示を出すトゥワイエと、煽るように陰口や侮辱の言葉を織り交ぜて喋りまくるヴォーゲから逃げるように、屋内に逃げ込んで、荷物を急いでまとめるのであった。
結局保証もないどころか、そのまま宿探しをやり直した一行は、別の貴族に家を借りることができた。その貴族はあの二人と幼馴染で、よーく知っている。いきさつを聞いたその貴族は、相場の七割の値段で貸しだすと提案した。
もともと小さくて安い家だったこともあり、六人からしてみれば、むしろ予算が安く済んだのであった。
次回は19日水曜日に投下します。