恐怖!代金をくれる宿 5
台所のお片づけのお話です。お食事中・または前後の方は閲覧をお控えください。マイルド表現とはいえ避けたほうが良いです。
食べ終わり、流しの周りに食器が散らばる。
「だめっ!」
テトグとタリファが流しの溜め置き水から自分のお椀で水をすくっては、ほかの食器に水をためていく。
「汚れが取れにくくなるでしょ!」
洗い物をユイニン母に任せ、食器をしまうべき棚の中身を寄せては、棚をユイニンの姉妹たちに拭かせる。ユイニンは店にいるので、兄弟たちを手伝いに使って、生ごみを畑の穴に捨てに行ったり、燃えるものは程よく崩して、かまどに入れる。かまどではフリューシャがお茶を入れるのと昼の調理用にお湯を沸かしている。
先に述べたように、この世界の冷蔵庫の多くは電気で氷を作って、それで冷やす仕組みだ。それに、大きな街以外では、金持ちの家か、店舗にしかない。ほとんどの家では、涼しい場所に置くか、地方によっては地中に冷蔵貯蔵用の室を作るか埋めるかするだけだ。
そんな貴重なものを、使えない状態で放置しておくというのはある意味、貴族でもやらない贅沢だ。いろいろな意味で。中に何が入っているのかとユイニンの母に尋ねるが分からない。
「さぁ、なんだったかしらね。最後に開けたのは、先月だったかしらねえ。」
棚をすっきりと整頓したら、冷蔵庫含め付近に固めておいたものに着手する。冷蔵庫は最悪の事態に備え、食事の直前直後には開けない、とタリファが宣言した。
大きな麻袋を外へ出たすぐの所に置き、選別したものをどんどん捨てていく。必要なものはその場で場所を決めて収納するか、決まらないものは掃除した一角に別の袋を置いて、そこに入れていった。
冷蔵庫に近づくと、さすが台所だ。よろしくない虫や、腐った食材の割合が増えた。腐った食材はだいたい発見されるとすぐに、ハユハユが発作のように魔法を放ってチリさえ残さずに消滅した。よろしくない虫がいても、ユイニン一家は幼い娘が怖がる以外平然としていて、嫌がって体が逃げかける夏樹を不思議がる。そして、森育ちで甲虫に慣れ過ぎたフリューシャは素手でぱっとつかんで遊んでいて、タリファにぶん殴られた。同じ集落出身のダージュですら完全に冷めた目をしている。
「いくらなんでも、ああいう種類は嫌いな人が多いってことくらい分かれよ。」
だんだん面倒くさがって魔法で燃やしたりチリにしていくハユハユとダージュのおかげで、昼飯直前よりずっと早く、開かずの冷蔵庫を御開帳することができた。時間の都合で、お茶の時間はお預けである。
問題の冷蔵庫を何人かで外に運び出すと、行きます、と仰々しくテトグが取っ手に手をかけた。ダージュとハユハユは魔法の詠唱をはじめ、あとの者は匂い消しの香水や中身を捨てる箱を構えた。
冷蔵庫の中は、魔境であった。びっしりと壁面に菌類のコロニーができていて、菌類が人間だとすると冷蔵庫はSF映画やアニメのスペースコロニーといった雰囲気であった。中身の処理を終えると、皆無言で残りを素早く片づけた。
屋外で開けたのにもかかわらず、台所に戻ると誰からともなく空気の入れ替えを言い出した。さらに、匂い消しとばかりに濃いハーブティーを入れて飲んだ。
未整頓のダンボールや袋以外はすっかりきれいになったが、まだまだ油断はできない。使う人が保とうとしなければ、いつでも逆戻りの危険に満ちているのだ!
「あんなところで作ったメシなんてわかってたら、最初から食べなかったよッ!」
休憩がてら、タリファが説教を始める。シュピーツェが時々合いの手?をいれた。
「……たとえ飲食店のような義務はなくとも、清潔な環境は必要だ。あれでは、病気になる。医療の国テルミネや、アーシャのように、見えないばい菌や病気のしくみがすぐ調べられて、治療に取り掛かれる場所であっても、衛生を保つ必要性は非常に大きい。
俺は記憶があまりないが、持ち物などから察するに、森の中で暮らしたか、軍隊の行軍のような経験があるようだが、おそらく、あれほど恐ろしい調理環境は経験ないはずだ。」
「ドワーフ族の家は洞窟の奥だから通気性悪いとかいろいろある。よく『穴の中暮らし』って言い回しされるけどさ、だからこそ綺麗に片付けるように小さいうちからしつけられるんだ。洞窟の奥で虫が大発生したら、あたしらのほうが出ていくしかないからね。
北方だから、人間側が何かやらかさなきゃ大発生なんてしないけどね。」
「しかし、ムィルースィ以南はすべて、あのいまいましい虫を見ないで一生を終えることは不可能といえる。つまり、己の心がけ一つで、奴らへの隷属か、人間としての尊厳を選び取ることができるのだ。」
説教が終わると、まだだんぼーるが残っているにもかかわらず、ぐったりして誰も動かなかった。
次回は明日6日(木曜日)に投下いたします。
(oωo)ほんと魔法で消滅させたいよあいつら。