番外・菓子店長の悩み
上級菓子店『命の木の実(読み:ドルンプ・ズ・ネイユ)』は、数々の生菓子や焼き菓子を生み出してきた初代店長フェディーニャ・フュイ・サージュの味を守るだけでなく、時に新たな味や素材の開拓を進め、世界じゅうに幸せなひとときを提供することを使命としている。
店が開かれて千五百年の歴史を持つ。先日はちょうど千五百年目の記念日に前後して、特別なメニューを売り出して話題になったばかりだ。
最近は、アーシェ式の、主にフランス風や和風と呼ばれる菓子を再現することも課題の一つとしてとらえている。
現店長は五代目で、唯一長耳族ではない。おそらくあと十数年したら、後輩に道を譲らなければならないと考えているくらいに年を経ていて、体の衰えを自覚している。
しかし、店長候補である三人のパティシエ、パティシエールには問題があった。初代から厳密に守られ、自分も納得している選出基準をごまかすのは店長にとっては取りたくない最後の手段であるが、どうしても基準を満たせないのだ。
『わたしの跡を継ぐ者は、わたしの味を知らなくてはならない』
『わたしの跡を継ぐ者は、わたしの知らぬ味をもたらさなくてはならない』
『わたしの跡を継ぐ者は、わたしの命ある限り、わたしの心を満たすものでなくてはならない』
これが、フェディーニャが残した店長資格である。さすがにもう生きてはいないが、二代目~四代目はまだ存命であるため、そのうち三人以上が認める味の菓子を作り上げる必要がある。五代目であるリコは悩んでいた。
悩んだリコは、イベントを開いた。候補三人に、定番のフルーツ菓子とプリン、それぞれが創作した菓子をつくらせ、歴代店長や道行く人々に食べてもらい投票してもらうのだ。
イベント当日、喫茶スペースに入りきらない人々が店の周りの臨時スペースを埋め尽くしてなお余りあるほど集まった。トレイにいくつもカップを載せた人々があちこちで感想を述べたり味わったりしている。
一人目ラキリャは果実姫とあだ名されるほどフルーツの扱いに長けている。この店が、入荷が数年おきしかなくとても扱いの難しい幻の果実『海エルフの宝石』の輸入を毎回許されているのは彼女のおかげである。
しかし、彼女はプリンやクリームなど卵を扱うのが嫌いだ。今も、得意のフルーツムースと創作のフルーツケーキばかり作って、プリンが明らかに品切れてばかりいる。
二人目ガジェーリンは逆にフルーツムースに手間取り、得意のプリンが品切れるたびに彼のスペースは人が途切れている。評判は悪くないが、手際が問題だな、とリコはフルーツムースを食べてはため息をついた。
ちなみに彼の創作菓子は、アーシェの饅頭にあるような、蒸したようなふわふわの生地にカスタードと生クリームを入れたもので、味は好評のようだが見た目がぱっとしない。ただの卵色の饅頭に見える。
三人目リノリウスはムースもプリンも素早く補充し、創作菓子も見た目がほかの二人より目を引いて、人がよく流れている。リコは感心したが、彼の悪い癖は出まくりだ。ついさっきも、ちゃんと体毛を覆った礼装をしているのに犬人だからと売らなかったし、その少し前にも東方の黒い髪の少年がアーシェ式礼服を着ていたからか、「見たことのない珍妙な服だからもしかして奴隷とかかもしれない」と難癖をつけていたのでリコがさっとすっとんでいって頭を下げたばかりだった。
幸い少年やその一行は気にしていないと言ってくれ、さらに一通り回って全種類食べてくれたが、それでもリコは申し訳なさで破裂しそうな思いをしているのだった。
イベントを終えたリコは、やはり後輩があと二人くらい育ってからにしようか、と肩を落とした。そこへ先代の店長たちと、初代フェディーニャの孫がやってきて、慰めるようにリコの肩をたたいた。
「急ぐことはない。君はまだ五十歳だ。人生百五十年、君の腕なら早く衰えが始まってもあと五十年はやれる。それまでにじっくり選べるさ。」
中途半端に尖った耳をぴくっとふるわせて、リコは考え直した。そうだ、ご先祖や親父ほどは生きられなくても、多くの人よりは長く生きられるんだ。さっさと諦めてしまうなんて、もったいないじゃないか。俺も、修行をやり直す気持ちで、腕が落ちないようにもっと努力してみよう。
それから約三十年、リコは店長の座を守り続けた。その間にやっと育てあげた問題の少ない後輩たちを支店長と次の店長に任命したという。
次回は27日火曜日に投下します。
エピソードのネタが出てこず、なぜか別作品の案かとても掲載できない変or各方面にあぶない(規定に引っかかる)話ばかりが浮かんできてしまい、打ち消すのが大変でした。
新しく作品を読み始めたせいなのか、休みが想定外にふっとんだからなのか……
(前に書いた「用事」はほぼ毎年この時期なのですが、今回は入らなくて休みが増えたと思ったのに)