吸血鬼なんているわけがない 8
人数を半分に割って見張りを立てながら交互に食事と軽い睡眠をとり、次の休憩地点へ向けて歩き始めてすぐのことです。不自然に傷ついた木が一本、二本、ありました。全員の知識の中には、目の前にあるような傷をつける生き物や自然現象や植物の習性などはありませんでした。
つまり、前に館へ向かった夕方から今までの間に、知らない誰かがここを通ったということです。そして、午後の休憩の予定地にも、誰かがたき火をした跡がありました。
彼らは、せっかくの午後の休憩にいい香りがする葉っぱのおいしいお茶をゆっくり淹れるのを諦めて、簡単に淹れたいつものお茶や水を立ち止まって飲み干すくらいの休憩を取りました。
麓への大きな道の跡が見えてきたところで、木々の間から盗賊団が現れました。案内人を、体に毛布顔にベールをかぶったクリスタの荷車に載せて、それを囲むように六人が素早く構えます。
「おまえら、あの村跡から来たんだろ ?もちろん、あの屋敷へも行ったんだよなぁ?その荷物を全部おいていけ。そうすれば命は助けてやらんこともないぞ。」
「わかりやす過ぎる悪党セリフをありがとうよ」
先頭に立つ、一人だけより体格のいい男の言葉に、タリファがあおるような言葉をかけますが、男は動じません。やっちまいましょう!とむしろ部下が殺気立って、男が抑えるように言いました。
男は六人の中で最も年長に見えるタリファに交渉を持ちかけようとしました。彼はまとめ役のようでした。荷物を置いていけば、案内人や吸血鬼を含め、全員無傷で帰すし、持ちきれない食べ物や金貨をここで分けてやってもよい、と男は言いました。
しかし。
そんな都合のいい話を信じられるか、とつっぱねようとしたタリファは、そんな、までしか言えませんでした。下っ端盗賊の一人が隙をついて一番弱い夏樹を突き飛ばし、荷車にしがみついたのです。そして、クリスタの荷物が入った袋をひとつ抱えて飛び降りようとしました。
「やった!吸血鬼の宝だぜ!結構重いな。何が入ってるんだろうなぁ?」
下っ端盗賊はそのまま荷車を飛び降りて、仲間の元へ戻ると袋を開けました。
ほかの者は盗賊たちも互いの動きが読めずに六人の側も動きを止めていました。そして、盗賊は袋の中身を仲間の手にあけると、袋をぽいと投げ捨てました。そして、近くの仲間と売れそうなものだけ取り合って、金がくすんだ指輪や、細工はきれいだけどガラス玉を使ったブローチなど一見価格が安そうなものや価値がなさそうなものをこれまた地面に捨てました。
「あ……」
見ていたクリスタはほんの一瞬だけ意識を失ったようにぼうっとその様子を見ました。彼女には、まるでコマ送りのようにゆっくりと、くすんだ装飾品やガラス玉細工が地面に落ちていくように見えました。そして、かちりと指輪が地面に落ちた瞬間、彼女は獣のような声で泣き叫びました。
「許さぬ!!私からッ!……私から証を奪うなッ!!私を、私の血統を、侮辱するなッ!!!」
荷車から飛び出す際に毛布が落ち、強い日差しにさらされて赤くなっていく顔。赤い湿疹だらけになった腕で頭を掻きむしり叫ぶクリスタ。髪は暴風にさらされるようになびき、その間から茨が勢いよく伸びて、まるで髪が生き物になって伸びているかのようです。
「まずい、こいつァ我を忘れちまってる!逃げろ!」
まとめ役の男が声をあげますが、怒りで何もかもぐしゃぐしゃにしてやりたいクリスタの心を映した茨は素早く伸びて、盗賊たちを縛り上げ、絞めていきます。しかも、案内役やすぐには動けない夏樹を含め、味方にも茨は巻き付いていきます。あたりの木々すら無差別に巻き込んで茨が広がっていきました。
次回は明日6日に投稿します。




