吸血鬼なんているわけがない 7
このエピソードの終盤を書きながら、様々な作品中にいる吸血鬼と人間の子は吸血鬼になるのだろうか、それともちょっと妙な性質を持つだけの人間になるのだろうか?と不思議に思いました。この作品の世界の場合は、人間がかまれて変化する種族ではないので、「性質が薄まった吸血鬼」になります。
クリスタは四人を順に見つめ返して、ほう、と一息つきました。
「十年か二十年くらいの間かしら。この館に時折何人かの徒党がやってきて狼藉を働こうとしていたから懲らしめてやったことがあったわ。
はじめのうちは私も命がかかっていたから食いつくしてしまったり、その気がなくてもぼろぼろにしてしまったことがある。そういう侵入者で、特に許せないやつを使って、生きている死体の実験も十体ほどやったわね。磔の正体は、その失敗作を私が処分したものよ。」
だけどね、と彼女は言葉をつづけました。残りの命は長くないから、この館を離れ、静かにどこかで息を引き取るのを待つつもりなのだと、言いました。
「なぜ、そうしていないんだい?」
フリューシャが聞くと、クリスタは、急に悲しそうな顔をしてゴーレムを呼びました。現れたゴーレムは血塗れて茶色く染まった木彫りの塊を持って現れました。
「貴方たちも知っているのでしょう? 麓の村がいくつか、吸血鬼に襲われたと。それは私じゃない。」
そのオブジェは、古い本に書かれた、吸血鬼や魔物をよけるためのまじないの像だと、クリスタは言いました。作るには、死にかけた人間の臓物だとか、トカゲの干物だとか、鋭く尖ったいばらのつるだとか、いかにもな素材から作られた不気味な液体を像に塗り込んで、三日三晩、火を囲んで祈るのだそうです。四人と一体は知らないものでした。
「それ、持ってきたときに嫌な波動を感じたよ……」「うむ……。」
フリューシャやハユハユは露骨に気分を害されたような顔をしました。話をしているクリスタ自身も辛そうです。
「森の中に盗賊団のアジトがあるはずよ。そいつらが、村を襲っているの。盗賊なら、こんなもの置いてあっても関係ないじゃない。
これは、私が数年前最後に森を出たとき、麓の村の入り口に飾られたものよ。私は、見てしまったの。盗賊に襲われて死にゆく少女を……私が助けられなかったその少女をつかって、たった一人無事だった男が、それを、作ったのを。隣村に出来上がった像を託して、男も死んだわ。そして、逆にそれを目印に、盗賊はその村も襲った。」
盗賊たちが去ったあと、クリスタは立ち寄った病弱な旅人のふりをして、生き残った村人たちを魔法で治療したり、別の村へ逃がしたりしました。そして、盗賊団のことを訴えたのですが、吸血鬼だと思い込んでいる人が多数だったのと、吸血鬼ではない証拠がその木彫りの像しかありません。
何より、盗賊団が少なくとも二十人近くおり、田舎の村にはとうてい派兵の代金を払うことが出来ないことから、クリスタは無理に討伐を訴え続けることはできなかったのです。
「死ぬ前に、この村の子孫には説明だけは済ませないと、盗賊たちはずっと村を襲い続けるわ。この館にいて、領主の子孫を名乗る者だもの。領民の命を守る義務がある。それだけが心残りなのよ。
今まで、誰も話を聞いてくれなかった。少し前までは、館に火を放とうとする者さえいたの。
……これでやっと、命が消える前に、義務を果たすことができる。」
麓村のことや盗賊のことなど、話を済ませたクリスタは、四人に朝まで眠り、それから麓村で準備をするように言いました。フリューシャが庭に残してきた三人のことを話すと、快く迎え入れてくれました。
翌朝、盗賊団に関する情報集めとクリスタのことを報告しようと、一同は麓へ降りることにして、クリスタの荷物をまとめました。乗鳥が一頭しか借りられなかったので、それに荷物を詰んだ車をひかせることにしました。抱えられる程度の大きさの家族の絵画などの思い出の品や、服や生活用品など、すぐに山盛りになりました。
日中の移動でも大丈夫なように、毛布を頭からかぶったクリスタが荷車に乗り込んだところで、一同は村へ向けて出発しました。村に着くのは遅ければ夕方くらいになります。森の中で夜になってしまうと野生動物の危険がありますし、早く出発しようとクリスタから提案したことです。皆慎重に、かつ素早く歩いていきます。
次回は4日月曜日に投下します。