吸血鬼なんているわけがない 5
再び階段の前に立った四人は、今度は上がろうとしませんでした。フリューシャが上の階に向かって何度呼びかけても、見つけた調理場から鍋を持ち出し、フリューシャの隣でその底をたたいても、大声で適当に歌っても、階段の灯りの、一番下の手の届くところを点灯させても、わざと大声でこれからどうしようかなー、などと話し合いのふりをしてみても、何も起きませんでした。
しかし、数分したところで魔法の気配が感じられたので何か動いていることは確かです。
手ごたえを感じた四人はそのまま音を出したり、階段に座って弦楽器の演奏家のまねをして歌ったり、そこに合わせて鍋を打楽器にしてリズムをとっていると、階段の上のほうから順に灯りがともり、四人はようやく、音を出すのをやめ、降りてくるゴーレムを待ちました。
やってきたゴーレムは今までのものと違い、見た目が人間に近い体格で、レースで出来たケープをまとい、服のように銀色の部分が体を覆っているのが透けて見えました。まるでAIの入ったロボットや、物語に出てくるアンドロイドのようです。
ゴーレムは太ももの一部を開いて手紙を取り出し、近くにいたダージュとフリューシャが一緒に手を差し出しました。ダージュが手を引いて、フリューシャに手紙を開けるように促しました。
『そのゴーレムについてくるがいい。そうすれば私に会うことができるだろう。
抵抗せずに、おとなしくついてきて、私と対面するがよい。私はお前たちに危害を加えないと宣言しておこう。私はお前たちを客人として認めがたいが、とりあえず最低限の礼節をわきまえて相手をするし、敵意はない。安心して、私の元まで来るがよい。』
やたらに上から目線の手紙を再び二つ折りしてゴーレムに返すと、ゴーレムはくるりと向きを変えて、階段をゆっくり数段上って、四人を振り返りました。彼らはゴーレムの後ろをゆっくりついていきました。
二階も、やはり綺麗に整えてありました。一階と違い、廊下の灯りがともっていて、さらに素晴らしく見えます。階段の途中にある踊り場の壁には長い辺が人の身長ほどもある大きな絵画が飾られておりました。十代の中頃でしょうか、上流階級らしい豪奢なドレスの女の子の絵です。
女の子は銀髪ですが、瞳は赤眼の人々のような赤ではありません。まるで実った穀物の穂のような薄めの黄金色をしています。金色の目は人口の多くを占めるいわゆる狭い「人間」のなかでは、色素が薄いアルビノでなければありえない色です。もともと黄色い瞳を持つことがある長耳族でも、美しい金の瞳は大変に珍しいものです。
その金の目の少女やその家族らしき絵が階段の壁を埋め尽くすように飾られています。少女の親は、青や青灰色の瞳をしています。そして姉妹らしき子はアルビノらしい、赤色の瞳で描かれています。
まるで家族に見つめられるようなくすぐったさを感じながら、四人と一体は慎重にゴーレムの後ろを歩いていきました。
階段を上がって左へ伸びる廊下の一番奥の部屋の前で、ゴーレムは一度足を止めました。四人が足を止めると、ゴーレムは部屋の扉を三回軽くたたいて、一歩下がりました。
「入りなさい。」
舌足らずさが残る少女の声が、扉を開ける許可を示すと、ゆっくりと部屋の中が明るくなったように見えました。ゴーレムは扉をゆっくり開けて、四人に向かって手招くようなしぐさを見せました。四人が入ると、ゴーレムは優しく扉を閉めました。
次回は明後日9月1日に投下します。