最後の、六人と一体が行く 2
フリューシャたち三人組は、それぞれ部下たちにスティアーナ公クリスティンの書簡を見せ、休みを作ってもらった。慌てる必要はないが、余裕のある日程でもない。三人は荷物をまとめ、リャワ空港からスティアーナ公の私有の飛行機でルプシア諸王国領の首都空港へ降り立った。
その先もずっと乗り物や人員が手配されており、三人は少し窮屈な思いをしつつ、彼の領地に入り、館の一つに招かれた。
そこには、同様の手紙をもらって同じように窮屈気味にやってきたタリファとテトグ、そしてハユハユを頭に載せた知らない男がいた。長耳族の血を引いた長命でまだ若い魔導士だった。まだ魔導師と呼ぶには程遠いとハユハユは紹介した。魔導士は苦笑いを浮かべた。
館は当然クリスティンの所有するうちの一つだ。家に代々伝わるものではなく、どこかの貴族か商人から、彼が自分の資産で買ったという、個人的な資産である。その館を、フリューシャたち『友人』を泊めるために提供したのだった。そしてクリスティン本人はまだ来ない。
従者が豪華な鳥車を連れてきた。庭園を貫き、先に見える館の玄関前で降ろされ、玄関先の従者が案内を引きついで、室内へ一同を招き入れた。魔導士とテトグはきょろきょろと天井や壁、家具のしつらえなどをじっと観察しては声を上げ、タリファが両者の袖を引っ張った。
応接室の一つだという部屋に案内され、そこで待つように言われた一同は、用意された飲み物と茶菓子を食べながら、クリスティンと、来るかもしれないシュピーツェを待った。なお、この屋敷はどちらの住処でもない。
日が傾きかけ、外に見える建物の多くに、窓から明かりが見え始めた。そんな時間になってようやく、クリスティンの乗った鳥車が門内に入ってきた。自分たちが乗せられたよりもさらに豪勢なものだった。大きさは変わらない。家族などは乗っていないようだ。降りてきたのは本人と数人の護衛のみ。
「すまなかったな。伝えた時間よりふた時も遅れてしまった。序列のせいで顔を出さねばならない案件が多すぎてな。
……久しぶりだな、お前たち」
クリスティンが入室すると、フリューシャたちは、ルプシア式の正式な礼をした。スティアーナ公クリスティンはそれに応え、正式な返しをする。それから、用意された温かい茶を飲み、はあ、とため息をついた。そして、護衛を何人か、扉の向こうへ待機させた。
命じられた護衛たちは、窓のカーテンをしっかりと閉じて、一礼し素早く下がっていった。最後の者が戸を閉めたところで、クリスティンは座り方を少し崩して、先ほどよりも大きなため息をついた。感情からというより、単に疲れているふうだった。
「お前たちが、一番に気の休まる相手になってしまったとは、この私でさえかつては想像もできなかったことであるなぁ、ハッハハハ」
かつての笑い方も、少し疲れが見える。クリスティンは、王が変わったことによる王位継承の順位の変化と、それにより自分は継承から外れ、スティアーナ公(他の家も含む)を受け継いだことと、その少し後に結婚して妻二人子供六人いるという自分の話をした。
かつてのような、自慢話というか上から目線ではあるが、もう誰も嫌な奴だとは思わない。実際遠くて高い場所にいる者なのだというのを差し引いても、本人がそういう尊大さを薄めていき、必要なときに必要なだけしか誇示しないやり方を覚えたのだった。
自分のせいで遅くなったから、お詫びに荷物を全てこちらへよこしゆっくり泊まっていくとよい、と言い残してクリスティンは去っていった。入れ替わりに、護衛数人に連れられてシュピーツェが入ってきた。あとから、夕食を乗せた台車を押す者が続いた。
シュピーツェは当たり前のことではあるが、見た目の雰囲気がずいぶんと変わっていた。つやつやの黒い髪は短く刈り込まれ、他の護衛たちのように少し焦げ茶色に染めてある。目の周りに化粧を施して、時に威圧感さえあった鋭い目つきは緩和され、それでもあまり感情を出していないように、平静に見えるようにしてあった。これもほかの護衛たちと同じだ。彼の場合は目が細めだったので、形を良く見せる効果もある。
シュピーツェは、しばらく何も言わなかった。気を使って、冷めないうちに食べ始めようかとフリューシャが声をかけ、食事をある程度食べたところで、やっと彼は口を開いた。
「なるほど、こういうことか。本当にあの方は、お前たちが、気に入っておられるのだな」
シュピーツェはそれから、アクヴァたちといたときのことを話しはじめ、すぐに中断した。飯がまずくなる話は後にする、と言うと皆頷いた。
「あの差出人の名前が、今の俺の本名だ。ルプシア風で、かっこつけてるみたいで最初は恥ずかしかったが、もう何年も公的な書類を書き続けて見慣れると、良いものだと思える。でも、今はそのままシュピーツェで構わない。大声で叫んだりでもしない限り、扉の裏の見張り以外の誰かに話を聞かれることはない。」
彼らは食事しながら、別れた後の出来事を色々話した。大きくなっていく森の集落や村のこと、南で五本の指に入る大都市となったリャワのことと、三人それぞれの店のこと。北方に新しくできた冬でも安心して通れる街道のこと。
テトグが街の名士のひとりとして数えられ、市役所に肖像画が飾ってあり、その肖像画が真面目な顔すぎて本人を身近に知る者は笑ってしまう、という話では、友人が撮った写真を夏樹が持っていて、みんなで回し見て笑った。テトグ本人が一番腹を抱えて苦しがっていた。
タリファ夫婦の店で北方の手工芸品をアメリアなどへ売りに行ったら、偶然流行っているときで大儲けしたという話。
シュピーツェがクリスティンの護衛でほかの貴族の家に行ったときに、そうした工芸品にはまっている貴族があったのを思い出して話に加わった。
そこの奥方が作ったという何とも味のある形のかごや何かわからない彫刻だらけという屋敷があったという。他の者たちは、どういう工芸品なのか気にした。
タリファが苦笑い半分楽しさ半分で笑った。
「何でもない、木の幹を彫って作る彫刻や日用品だよ。あとは草を編んだかごとかさ。
アルネアメリア中心に小さなお守りの人形が流行ったことがあるの覚えてるかい? あれの元なんだよ。置物だから、鞄の飾りにするあれよりは倍くらい大きいけど。
買う人が急に増えて、仕入れるほうが大変だったさ。あたしも作ったんだけど編みかごはダメだったね。彫刻は不格好なくらいがウケたから大助かりだったさ」