宣託による選択によって洗濯 1
交通の要所とも言いにくい、小さな町エタリー。東西南北ともに、大きな街へ出るには、乗鳥の車でも上等なのを借りてさえ数日はかかる、ただの通り道。旅人用の宿泊場所や安い宿、乗鳥を借りるための厩舎のほかは、町に住む人の家や小さな商店街くらいしかない、静かな町だ。
だから、通過する人はだいたい、数日の間にお互いどこかで顔を合わせることになる。
昼下がりの喫茶店で、若い長耳族が四人、言い合いをしていた。彼らは、われらが主人公フリューシャのように、成人の儀のための旅をしているようだ。注文待ちの間に話を聞いていると一人だけ年長者であとは同じくらいの年頃のようだとわかる。
もめている内容は、これから遺跡を目指して成人を認めてもらうか、数年旅をしてからにするか、ということから始まり、次にどちらへ向かうかという話に移っていった。一人はかなり西へ、アルネアミンツあたりまで引き返して北上したいと主張。一人はそのまま東へ進み、砂漠をよけて南の海岸地帯を進んで東南の国々へ向かいたいと主張した。一人は海岸の港から湾を南にわたって森へ帰りたいと言い出していた。
年長の長耳族は三人の主張を聞いてから、従えという意味ではないと前置きして話し出した。遺跡を目指すなら西から北上がいいだろうが、そうでなければ各地の長耳族のコミュニティを辿っていくのが良いだろうから、東方へ向かう前に大陸の中央部へ向かうのが良い。高地の森には長耳族の習慣を比較的残した国があるから、そこでなら長老の話を聞くこともできるだろう。
三人の若者の一人が、寒いのは嫌だ、と大げさに手を振った。その拍子に、その若者の椅子が動いて、背後を抜けかけていた店員に不意打ちした。不意打ちされた店員は不自然な姿勢になってしまい、両手にそれぞれ持っていたお盆を落としてしまった。
お盆には料理が乗っていた。ひとつは、地球のミートソースのような、トマトとひき肉をメインにしたソースを使った料理で、近くのテーブルに向って投擲されてしまった。そこにいたシュピーツェの左肩を中心とした部分が赤く染まった。乗っかっていたハユハユもほんのり赤くなった。
もう一つのお盆はこのあたりでだけとれる実を絞った油をふんだんに使ったソースがかかったパスタで、先とは別のテーブルについていた人の背中にべったりと、オリーブのようなこってり色の油が染みた。
手を振った若者が年長者に引っ張られてまずシュピーツェとハユハユに謝り、次にもう一方のテーブルに向かうと、謝ろうとした相手が丁寧に椅子を引いて立ち上がった。
「君、あのようなどこの馬の骨とも知れぬ者たちより、先に私に謝るべきではないのかね?」
その声を聴いた六人は嫌な予感がして、決してあちらを向かない、とうなずき合った。話し方から察するに、幸い自分たちであると彼は気づいてないようだし。
「この私、かのルプシア諸王国次期王位継承権第十一位、クリスティン・ノヴァレグ・リュフォン・ブディア・スティアーナに!」
うわぁあ、と思わずテトグが声を漏らしてしまったため、クリスティンは六人が、自分の記憶の中にある六人組と同一であると気づいてしまった。
「くっ、またお前たちなのか!私に不幸をもたらす呪われし旅人どもよ!ああ、なんということだ!神よ!この世界を造りたもう一二柱よ!これは!私への試練なのですか!!」
クリスティンは大きく腕を振りかぶってその手を天へ伸ばした。店内だから天井であるが六人には、彼には仰ぐ先に青く高く澄んだ空があって女神が微笑んでいるのが見えているに違いない、と思うのであった。
次回は6日(土曜日)に投稿します。