迫る!もふもふ会
六人と一体がとある町で住民の家に泊めてもらった。そこはつい最近拓かれた村で、住民の多くは近隣を追い出された獣人たちだった。
暗い事情がありそうなのに、村は賑やかで明るい。森や高い建物も少なく、物理的にも明るい。内陸というか、中央山脈や砂漠地帯に近いのに波動生物が何体かまとまって住み着いているとのことで、道を歩けばぽよぽよと弾む姿を見ることもある。
泊めてくれた住民は、狼人だった。獣人のなかでも、体格が大きく、何代か人間と混ざっても、特徴が強く残るし、気持ちが高ぶると大変に獰猛になる。だから人間やほかの動物と共生しにくいと言われている。
獣人と呼ばれるグループは、人口的にはほとんどが猫人ワシェナだ。次に犬人と狐人であるが、合わせてもワシェナの半分程度と言われている。狼人は、神話の大戦争の時代にはたくさんいたらしいが、現代に続く歴史上に現れた時点で既に絶滅寸前とさえ言われるほどに減少していた。
それが、この町は人口の半数が狼人かその血が入っている。だからこそ集団ごと追い出されたとも言える。狼人の血が入らない住民は、村の成立に協力した、あるいは噂を聞きつけた、伝承や種族の研究者と獣人愛好家である。
「確かに神話時代には、アーシェのワーウルフのように、人を食べた記録や伝承が数多くあります。しかし、それはあくまで、敵対者だったり、周りに食べていくのに十分な動物がいなかった場合のみに限定されます。むやみに彼らを怖がる風潮は、間違っているのです」
村の役所の人は研究者だからか、めちゃくちゃ熱く語った。周りの人間も同類だからふんふんと頷くのみである。
「いや、アーシェの狼男とかワーウルフは、実在の生き物じゃなくて、空想の生き物なんだけどさ」
夏樹がぼそっとつぶやいたのを、別の役人が聞きつけた。夏樹より背が高くてしっかりした体格の、スポーツ選手に居そうな雰囲気の女性だった。
「そうなんですっ!あんなにステキなのに、地球には、いないんですよ!
私はここに住み、先達の皆さんの研究を引き継ぐために『もふもふ会』会員まるごと移住したんですっ!」
フリューシャが『もふもふ会』とは何か尋ねると、その女性サリッサは先の研究員以上に熱弁した。
「わが『もふもふ会』とはっ! もっふもふの生き物たちを愛で、人と彼らができるだけ対等に暮らすことを目指して結成されました!
元は犬や猫に負けないくらいにウサギやその他の小動物を愛でる会、だったんですけど、消滅の危機を避けるために、架空の生き物やぬいぐるみを愛でるいくつかの会と合併しました。
そして、私たち精鋭十五名が団体での移住第三号として地球の歴史に名を刻んだのですっ!!」
なお、第一号は国連の調査団で、第二号は地球の各国政府から国際機関員として送り込まれた人々である。つまり、家族間を除く集団第一号が彼らである。熱意の勝利である。
その様子を見ていたテトグが、やっぱり普通に宿とろうよと言いかけて、夏樹に口をふさがれた。その傍のデスクでは、サリッサの同僚があ”あ”~とだらしない声を上げながら、マッサージ器具の如くハユハユをにぎにぎして指のコリをとっている。ハユハユは表情を変えまいと努めている。
別のデスクでも波動生物を揉んでいる人がいるし、あるいは揉まずに撫で繰り回して逃げられている。狼人の役人がそれを見ないようにして熱心に情報端末のキーを叩いている。
一行はサリッサの熱心な誘いを全力で断って、役所にいた狼人のひとりの家に泊まることにした。彼はサリッサが誘いを諦める言葉を発した瞬間に、フリューシャたちへ安堵の表情を見せた。そしてすれ違いざまに、
「良かったな同胞があの家に行かなくて済むならお安い御用さ」
と小声で耳打ちした。
一行は村の中を適当に見て回った後、夕方に家に立ち寄り、夕食を家の主と共にした。食事は狼からの連想で肉のイメージが強いが、あっさりとした、魚の出汁を使ったスープだった。具は葉物野菜と、出汁と同じものや違う数種類の魚のすり身だった。
食べている最中、フリューシャはもふもふ会や研究者たちの話を聞こうとした。家の主は、
「飯がまずくなるから食事がすんでからにしてくれ」
と返した。皆、何となく昼間のような撫で繰り回しなどが容易に想像ができたので黙々と食べた。
食事後改めて、話をした。その狼人は語った。
もふもふ会の者たちと出会うと毎回、触らせてほしいと熱心に頼んでくる。だいたい、手がわきわきと変な風に動きながら頼んでくる。毛並みを乱されたくない獣人たちにとっては、あまり聞き入れたくないものである。
だんだん落ち着きを取り戻す人もいるが、サリッサたちのようにずっと熱心なやつもいる。
研究者たちも最初は触ろうとしたがあくまで毛の質や肌などを調べるためであり、データが取れれば過剰には触ってこないし、何度も何度も延々と狙われ続けるわけではないのだ。
あまりにもふもふ会が熱心なので、ここで生まれた波動生物は皆、獣人の毛並みが好き、かつ、「もふっ」と鳴く。やばい。
ハユハユ曰く、彼のように特定の話し方するとか話者に染まることは、人間の中で暮らす者には珍しくない。
だが、鳴き声の種類が固定されるのは、人間で言えば日本生まれ日本育ちの両親から生まれ日本にいて日本語でしか話しかけられていないのに独学で英語がしゃべれるくらいに染まっているようなものである。
波動(材料)の出所が近辺に限られていて、なおかつ相当に色んな意味で「濃い」ということなのだ。怖い。
狼人の家らしく、寝具が薄い毛布しかない、つまり敷布団やベッドやマットレスもない床寝である。夏樹とフリューシャは床寝したことがない。シュピーツェとテトグのぶんの毛布も使ったが、やっぱり翌朝に背中が痛くて早く目が覚めてしまうのだった。
「原因はそれだけじゃないよ。夢の中で、僕たち五人ともワシェナや狐人になってて、サリッサさんが追いかけまわしてきたんだ」
朝食の席で背中の痛みの話が出て、夏樹が話すと、家の主は少し多めに総菜をよそって、無言で皆へ差し出すのだった。