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異世界旅行譚 六人が行く!  作者: 朝宮ひとみ
それから と それまで
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遠くなった思い出を抱いて

 高層建築が建つ中心部から離れた、あえて緑を多く残した区画の隅に、比較的新しめの墓地があった。

 長耳族のものだけでなく、他の「人間」や亜人含めた多様な人々の墓が立ち並んでいたが、見た目は一部の専用デザインを除いては、飾り気のない棒状の柱が一定間隔で刺さっているように見える。


 その中に、その柱を囲むように花壇が作られた、少し広い墓所があった。そこには、「ナツキ・リン・ハウヴェンゲンシャ・アンドウ 安藤夏樹 69歳 」というふうに、名前と享年、それから生没年月日が彫られていた。


 この柱が立ってから、ちょうど150年になる。そのため、この日は朝から数時間おきに誰かがやってきて、何かを手向けたり、手を合わせたり、頭を下げていく人がいる。数分前にも、長耳族の血を引く、少し特徴的な耳の女性が花壇の手入れをしていったところだった。


 そこに、長耳族の男女三人が歩いてきて、花壇の脇の飾り石に腰かけた。女性は、墓所の主である夏樹の妻・ナジュだった。男性は夏樹の古い友人であるフリューシャとダージュだった。ナジュは、亡くなってからずっと、毎年夏樹の命日になると、かつての旅の仲間に、夏樹との旅や仲間たちの話をしてもらうのが楽しみなのだった。夏樹が旅を終えて二〇〇年と少し経っている。




 旅のあと、夏樹は大きくなっていくリャワで、ナジュとともに何年か学校の先生を務めた後、何人か雇った者たちで町の開拓と区画整理のための会社を作り、土地や権利の売買を引き受ける店舗を経営した。人口増加に対応できるだけの広い学校を建てる土地を最大限確保するためと、友人たちが良い立地で店を持てるように、との理由だった。


 リャワや、元居た集落が大きくなるに連れて、店舗がいくつかに増えた。

 子どもたちに全ての店を任せるまで、夏樹はずっと働き続けた。定休日や町で定めた日以外に休んだのは、アーシェにいる両親が死んだという知らせが来て、たった一度だけアーシェに里帰りしたときだけだった。店を任せたとき、夏樹は六十三歳だった。


 そのあとは、他の仲間を訪ねたり、夫婦や一人、あるいは子供を一人ずつ連れて旅行を楽しんだ。最期は、病死だった。




 旅の仲間で猫獣人ワシェナのテトグは、ある国の新しく開拓された村の一つに、獣人だけで集まった集落を作り、そこで平穏に暮らした。ひ孫まではフリューシャたちの住む町やこの墓地まで話しに来ていたが、さすがにもう来ない。逆に仲間が訪ねたことも何度かある。


 その村は五つの地区に分かれていて、他の区の人でも獣人に抵抗のない人や、わざわざもふもふを求めてきた好事家やアーシェ人とその子孫ばかりで、面倒な争いや差別もない。違う面ではいくらでも小競り合いが起こるけれども。




 ドワーフ族のタリファは誘われた村で発展のために数年滞在し、そのあと別の町の人と結婚し二十年以上暮らした。相手が亡くなったのをきっかけに北方に戻り、親類を辿って見つけた「穴」の近くに小さな家を建てて最期までそこで暮らした。


 子どもがないのでほぼ一人だったが、二つの町村と手紙をずっとやり取りしていて、手紙が届きにくい冬以外は寂しくなかったようだ。店をやめた直後の夏樹が訪ねたときは、身の回りの世話をするお手伝いさんがいて、体の不自由をぼやいていた。




 記憶喪失のシュピーツェは過去の境遇が近いアクヴァの仲間に半ば強引に誘われて三人と別れた後、数年の放浪ののちに見解の違いから隙をついて脱走した。一人で旅を続けて諸王国領内で行き倒れ、腐れ縁クリスティンの私兵に助けられた。そこで新しい名前や役職を与えられ、ルプシア人になった。

 王位継承から外れ、領土もちの最上級貴族となったクリスティンは、シュピーツェを直属の親衛隊員の一人として雇った。多口種やアーシェ人換算で七十歳くらいまで勤め上げた。


 引退後は希望により本人とクリスティンしか所在を知らない。さすがに亡くなったときだけ、二人へ遺言として書簡がそれぞれに届いたが、クリスティンの領地内であるという以上に細かく場所が追えないようにされていたし、クリスティンの部下がそれぞれを迎えに行った。




 波動生物ハユハユは魔導師ハルーミンと共にいくつか特殊な魔法に関する仕事をした後、彼女の弟子を育てるべく、弟子に同行して旅をした。弟子が中年に差し掛かりそれなりに高名な魔導師になったころに寿命を迎え消滅した。

 波動生物らしく、誰も年齢を知らない。本人も知らなかったかもしれない。誰かが彼のことを知っている間を合計するだけでも数百歳である。




 フリューシャとダージュは大街道が完成し大都市になったリャワで、喫茶店を経営している。従業員も何人か雇っている。もちろん、土地は夏樹が仲介した場所だ。

 人生のあと三分の二を、存分に生き抜くこと。それが、二人が夏樹と最後に交わした約束だ。

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