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異世界旅行譚 六人が行く!  作者: 朝宮ひとみ
それから と それまで
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10年後のある日

 フリューシャたちが帰還してから約一〇年が経過したある日のことだ。


 集落は、人口数千人の町になっていた。舗装されたしっかりした太い街道が完成し、森の中を一本の道が貫いている。それによって往来が盛んになった。その影響で長耳族だけでなく、商人や木材の加工などの職人や採取を行う者などの他種族も多く暮らすようになったのだ。


 フリューシャは大通りに店を出さないかと茶葉商人や紅茶を入れる職人に誘われて、小さな喫茶店を始めたばかりだ。ダージュは集落時代からの仕事で採集を行うかたわら、新しくよその者たちに森の木々やキノコ類、野生動物について教える先生を時々請け負っていた。


 夏樹は町に新しくできる学校の先生になるために、何年かあちこちの学校を見て回り、さらに地球の様々な授業形態を知るために教師経験者を集める仕事をしている。ようやくそれが形になり、次の仕事として自分も先生になるのか、経営側に回るのか、他の仕事をするのか、町のあちらこちらから誘いをかけられていた。

 ただ、学校の建物が完成し、最初の生徒が入学したら、結婚することが決まっている。


 夏樹の婚約者は、ダージュのいとこの一人で、家が遠くて夏樹自身やフリューシャとは最近まで交流が少なかった。彼女は教師になる予定で、学校の近くに新しい家を建てたばかりだ。家はアーシェ式と長耳族の古い形式の折衷で、木を囲むように建物が作られている。




 あれやこれや、集落のしきたりや長耳族の習慣に多少なじんだ夏樹だが、結婚式はもちろん初めてだ。フリューシャとダージュはまだ未婚で、近所から冷やかしを受けている。親類の結婚式にも出たことがなかった。そして、夏樹の挙式まで、知り合いに予定はない。


 そんな時に、ダージュは近所のおせっかいなおばちゃんから、結婚式の招待状を受け取ってしまった。三人分ある。近所でも押しが強いと評判のおばちゃんで、大変に断りにくかった。


「仲良し三人組でいらっしゃい」


 おばちゃんに誘われ、式の日の朝早く、三人はおばちゃんの家の隣の喫茶店に放り込まれた。店自体は、何度も利用したことのある店だったので、なおさら、中の様子に驚いた。


 テーブルや椅子が一か所に寄せてあり、たくさんの礼服が並んでいた。

 既に三人に馴染みのある西方式や集落の略式のもののほかに、もっと古めかしい、長耳族の伝統衣装もあるし、東方や北方の様式のもあった。アーシェの燕尾服や、それを模したりアレンジして作られたデザインのものもある。貸衣装屋が準備万端で簡易的な試着室の脇で控えている。


 おばちゃんは一人ずつ、鏡の前に立たせ、衣装をとっかえひっかえ誰かの身体に当てては、貸衣装屋に注文を付ける。別のはないのかだの、違う色がいいだの、どこかの丈が長い短いだの、おばちゃんが言うと貸衣装屋のおじ様が別のものを勧めたり、袖や裾を待ち針で留めたりして、意見をうかがう。一時間以上着せ替え人形にされて、既に三人はくたくただが、おばちゃんは元気が有り余っている。


 ようやく衣装が決まったところで、喫茶店のマスターが水を差しだした。三人は決まった衣装を脱いで、下着姿でそれを飲み干した。せっせと裾の微調整をする貸衣装屋の横で、おばちゃんの説明がまた始まった。次は結婚式自体の説明だ。


 最近の二、三〇年の間に定着した式の様子は、

1.新郎が新婦の家まで迎えに行く。

2.玄関先で名前を呼びかける。この時、最初は親族や近所の人など、同性の別人が返事をする。

(それもいない場合は両親。家族もいない人は誰かに返事を頼んでいた。

 100年くらい前からは代返屋という職業がある。)


3.新郎は「嘘を言うな」「騙されないぞ」などと声を上げてから、本物のXXはどこだ、と尋ねる。

4.本物の新婦が、返事をしてから、やっと姿を見せる。

5.新郎は新婦に木でできた矢じりをわたし、新婦は受け取ったらそれで胸をさす演技をする。


6.二人だけで長老の元へ行き、祝福の盃を交互に飲む。

 昔はどちらが先とかあったが今ではどちらでも気にしない人が増えた。

 盃の中身は、果実酒。たいてい男が先に飲む。弱い人は口をつけるだけにする。

 弱すぎる人は事前に相談して、同じ果実のジュースでかなり薄めて貰う。


7.どちらかの家庭で暮らす場合はその家庭へ、夫婦で独立する場合はその家へ両親を呼び、

それぞれ互いのフルネームを耳元で伝え、もう片方の耳元へ伝えられた互いの名前を呼ぶ。

(なお、ここで名前を間違った場合、昔はそのまま破談だった……)


という流れだという。大抵はそのまま、昼食や夕食を兼ねて食事会をしてお開きになる。社会制度的な届けなどは終わった日や翌日に、役所に提出すればよい。




 説明のあと、三人はやっと、実際におばちゃんの姪っ子だという女性の結婚式に参列した。相手が少し離れた村の人だったので、そちらの風習として、最後におみくじがばらまかれた。手のひら大の土色の何かだった。


 新郎の親類の話によると、このおみくじは取り合いになるものだという。たまたま三人は先に聞いていて心構えができていたのと、ちょうど自分たちに向かってくるようにおみくじが飛んできたのとで、三人とも受け取ることができたのだった。


 おみくじは固焼きのクッキーである。食べられなくはないがとてつもなく硬く焼きしめてあり、食べずに埋めたり、煮物料理に溶かして消費するものらしい。

 割ると、夏樹が受け取ったものから花びらが出てきた。その花びら入りを受け取った人は、近いうちに結婚すると幸せになるといういいつたえがあるらしい。新郎新婦が祝福の挨拶をくれた。


 それにお礼を言いそのまま三人と新郎新婦とが話をしていると、夏樹の婚約者が近づいてきた。その向こうでおばちゃんが恨めしそうな顔をして花びらをにらんでいるが誰も見ないか見ないふりをしていた。


「わたしたちも、こんな式が出来るといいわね! せっかく花びらを受け取ったのだもの!」


 婚約者の声で、夏樹は真っ赤になり、周りの人々が数秒黙った後、歓声を上げた。本来の主役である新郎新婦が真っ先に二人をはやし立てたため、周りも一緒になって盛り上がってしまった。


「次は私たちがあなたたちの式へ行くわね!!」


 新婦が言い、新郎は微笑んでいる。あちこちで、式はいつだとか、声が上がり、夏樹と婚約者は日取りを大声で叫ぶ羽目になった。

 参列希望が予定より大量に来て嬉しいやら恥ずかしいやら。

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