旅を始めた頃には 5 タリファ
「へぇ、そんなことよく覚えてるもんだねえあんたたち。あたしゃ、もう、いろいろ忘れちまったよ。」
夏樹とダージュの話に相槌をいれていたタリファは、二人やフリューシャに気づかれないほんの合間に、遠い目をしました。彼女は、三人に出会う前には、あまり良い思い出がなかったので、出会う前の話はあまりしたくないのです。
三人と出会ったとき、タリファは何年かリャワの片隅に家を持っていて、細々と暮らしていました。過去に商人と組んで行商をしていたので、売買の相談や仲介などをして生計を立てていて、ようやく商人たちに覚えてもらえるようになってきたところでした。
その家に住み始めてすぐから、渡航者を狙う悪徳商人のうわさはありました。その頃まだ渡航者数も三桁に満たず、渡航先が首都アルネアミンツを中心としたアルネイシャ国内に限られているのと、国外に出る人が少ないこともあって、渡航者が集落に入るようなら気にかけてあげよう、くらいにしか、誰も考えていませんでした。
それが、急速に渡航者が増え、アルネイシャ以外に隣のルプシア諸王国やら西にある港サンタニーア国やら東方のダーシュオ国やら、それなりの規模の都市がある近辺なら数キロの誤差で転送できるようになりました。
悪徳商人のうわさも急速に世界規模になり、被害者のうわさももちろん次々に伝わってくるのです。タリファや他の商人たちは、商売敵になりそうな悪徳商人を現行犯で捕まえるべく、リャワに入ってきた人をしばらく尾行したりして、渡航者に目を配ってきたのでした。
そうして目を配っていたある日、悪徳商人を見つけた仲間がタリファに知らせ、問題の商人を追いかけたところ、別の渡航者が声をかけてきました。自分が持っている、地球の連絡端末にある、録画機能を使って、現場の映像や音を撮ってほしいというのです。
その渡航者はタリファたちとともに悪徳商人を追い続け、ちょうど、夏樹が詐欺にかかるところを動画にすることに成功しました。
「あんときは面白かったねえ。アーシェの端末なんてわかんないけどさ、さっと映像と音が流れてさ、契約書がきれいに映っててさ。
役人の目の前でずっと言い訳してた奴が、契約書の画面をみた役人が文面読み取った途端に黙り込んじまってさあ。
……港で別れてから、一度も会ってないけど、あのアーシェ人も元気でやってるといいんだけどねえ。」
タリファはハーブの葉巻を再びくわえると、そのままふうっと吹きました。彼女の周りにふわりと香りが漂って、少しずつ消えていきました。
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このとき、旅はまだ一年も過ぎておらず、始まったばかりです。旅立ちの目的である、長耳族の聖地へ向かうために必要なものが、まだそろっていませんでした。
次回は8月上旬~中旬に投下する予定です。