東の港 3
シェイファと別れた後。フリューシャたちは乗鳥代が高騰していることと、迂回に使おうと思った道が整備中ということを知った。迂回するなら、町から外れた田舎道になってしまう。かなり遠回りになる。
そこで路地を使って町の中を北寄りに進んで、港のほうは区画の端の路地をかすめるだけにすればいいだろうと思い、道を調べていた。大通りに近い路地は、何本かは大通りと平行に走っている。目視や地図で確認して曲がる箇所を間違えなければよい、という分かりやすさもあった。
途中の店で日用雑貨の補充をしようとしたが、そこの店主はこの町の言葉しか話さなかった。門の近くまで行かないと、言葉が分からないというのは本当なのだろう。
西の港町は出会う人ほぼ全員、言葉が通じていた。東方の港町がそうでないのは、東方の国が、戦乱の時代から統一されても、一つの国としてまとまり何代も王が変わっても、かたくなに統制語を導入しなかったからなのだろうか。
珍しく全員がほぼ無言で、大通りの分かれ道まで来た。
道をふさぐように、草木染のローブを着た集団が集まっていた。その中から、返して! という叫び声が聞こえてくる。例の原理主義者たちだ。ローブの何か所かに、統制語でも東方文字でも長耳族の言葉の文字でもない、独特なマークが濃い色で染め上げられていた。
六人と一体は集団の中に割り込み、集団に取り囲まれた碧眼の民の男女と乗鳥を見つけ、守るように囲んだ。一斉に同じ風の魔法を唱え、ぶわりと集団をあぶる。少し炎の魔法を混ぜて、熱い風にすると、集団の一部が多少後ずさった。
「乗って!」
フリューシャが女性を促し、女性が鳥に乗ったところで一度大きく風の魔法を起こした。集団がひるんだところで、一気に駆け抜ける!
ある程度逃げたところで、建物の陰で男女に話を聞いた。男女は夫婦でただ旅をしているだけだった。どうしてあんなに攻撃されたのか分からない、と妻のほうがまだ怯えた様子で呟いた。
「碧眼の民は中央高地を中心に暮らして居ることはわかるな?」
ハユハユが男女の元へ飛び移って話し始めた。男女はうなずいた。
「北方人のような身体的な理由も、東方人のような政治的な理由もないが、碧眼の民はあまり広がっていないからというのもあるだろう、だが、もっと根本的な理由があるのだ。
……碧眼の民の古い伝承を知っておるか。高地の大部分を覆う森の中に堕ちた外なる神のはなしだ。あれが何なのかはともかく、この星の外からやってきたものがあり、大半の碧眼は、その血を引いている。だから狙われたのだろう。
もうすこし経てば、アーシェのような遺伝子の系統図が出来上がって、はっきりわかるようになるだろうな。」
ハユハユは怯える夫婦から六人のもとへ戻り、夏樹の肩に乗った。
「おまえさん風にいうなら、碧眼の祖先の中に宇宙人がおる。実際、碧眼の民は波動が少し違うし、優れた魔導師になると、その血が強く出ておるのか、独特の波動を持っておるのだ」
目指していた区画に入ったところで、六人と一体は夫婦と別れた。補充したかったものや買い替えたかったものもしっかり買えて、あとはちょっと休憩しようか、と場所を探していた時だ。
あの原理主義者たちが視線の先の店の陰で何人か話しているのが見えた。わざわざ逆襲に来たというわけだ。とっさのことで、補助魔法の見えない壁で身を守ることしかできなかった。
べしゃっ、と音がした。原理主義者の一人が、海藻まみれになっていた。さらに、別のところから、いびつな陶器の壺が飛んできて、別の一人の背中に炸裂した。背中をさすりながらせき込む原理主義者の一人。隣にいたそいつの仲間が飛んできたほうを見ると、フリューシャたちが先ほど買い物をした日用品の店の主が顔のあちこちにしわを寄せた怖い顔でフライパンを構えていた。
「おうお前ら。うちのお客さんに何かようかい?」
それを合図にしたかのように、乱闘状態になった。粉物の生地だのタコやイカだのを顔面にくっつけられ、前が見えずにその場にうずくまっている原理主義者が何人もあちこちで発生した。
団子状に固まって耐える集団の一つから、色や模様の違うローブの人物が現れた。団体のかは分からないが、少なくともここにいる集団のリーダーのようだ。取り巻きの団子の何人かが、危ないから下がりましょうとか言いながらおろおろしている。
リーダーは取り巻きをなだめ、団子から進み出た。
「貴様たちは、この世界がどうなってもいいのか! いくら調節を行うとはいえ、異質な波動は完全にはなくせない。世界の波動が侵食され、それによって世界が変質してしまってもよいのか!
確かにアーシェの文明機械は便利だ。古の時代にいたロマエの人々の技術の高さも知っているし、最近見つかったルグリェの者たちは付き合いやすいというのも理解できる。
だが、欲望に負けて、変質してしまってから世界の変化に取り残されたいのか! そうなる前に、世界の変質を防ぐのが先ではないか!」
リーダーの突然の演説に原理主義者たちはむせび泣き、皆リーダーに向かってひれ伏せる。だが、店主たちや、他の旅人や商人たちの一部は無視して片づけをはじめ、またある一部は、冷ややかだった。
「今が良ければいいからか、とかお前は言うけどなあ、もう十年以上受け入れてきたアーシェ人を突然追い出すとか、道具は即全部捨てろとかなあ、無理だろう!!」
六人が買い物をしていた店の主人がリーダーのほうへ向かいながら大声で怒鳴った。
夫婦でやってきてこちらで生まれた子供とか、アーシェ人と現地の人の間の子供とか、どちらに属するのか。『中間の世界』に追い出すのか、とか。店主は怒鳴りながらずいぶんとリーダーに近づいた。
側にいた別の店員が、あの店主は遠い先祖がアーシェではないが異世界人だから余計に腹が立つだろうな、とつぶやいていた。
それを耳にしてしまった夏樹が、フリューシャの静止を振りほどいて、店主に加勢した。
「文化が伝わって、混ざり合って、それによってすごいものとか、素晴らしいものが出来上がること自体、とても素敵で、すごいことなのに。
それを否定するって、どんどん自分と違う人のことを差別というか、突き放していくことになるんじゃないの? ひどくなったら、喧嘩とか、戦争とかになっていくんじゃないかと思うよ」
例えば、ルプシアのような、古代の町の中には、どこからかやってきた『ロマエ人』が自分たちを受け入れてくれた礼として、建築の知識を伝えたことで出来た町がいくつもある。
そうした街で生まれた、それまでの様式とそのロマエの様式が融合して出来たルプシア様式が、西方の建築のはじまりになっている。少なくとも西方は、その点で異世界を拒否するのは矛盾を抱えることになるのだ。
じゃあそれで西方と高地の文化ごと排除しようとか、一体どれだけの実現可能性があるのだろう。夏樹は訴えるというより疑問をぶつけていた。誰も答えない。
そこに、あちこちからため息や美味しいと呟く小声が沸いた。フリューシャが背後でこっそり茶を入れていた。このシェーリーヤ世界のお茶の木と、地球のチャノキ、両方の葉を使ったお茶だ。
今まで飲んできた茶の中で一番においしいとこぼした原理主義者がいた。彼の肩をやさしくフリューシャは叩いて、葉のことを話しながらローブを脱ぐように言った。
その人はローブを脱がなかったが、脱いでリーダーに返す者や、謝罪の言葉を口にする者もいた。
あの道具屋の店主と夏樹も、お茶を受け取り、ゆっくり味わった。あちらこちらで談笑が広がり、原理主義者の一部は去っていったのだった。