東の港 2
どうしてかとフリューシャが尋ねると、通りすがりの人は夏樹のスマートフォンを指さして言った。
「アーシェのものですよね。それは使わないほうがいいです。……お恥ずかしいことなのですが、港のほうに、『原理主義者』の大きな集まりが居を構えてしまっているからです」
『原理主義』とは、世界原理主義の略である。転移排斥主義とか、転移罪業主義などともいわれる。その名の通り、この世界以外からの転移者を世界の理に反するものとして排斥する考え方である。
最近は転移者はアーシェ人が多いのと、服装などからわかりやすいため、ほぼアーシェ人排斥主義と言ってもいい。
事故や波動の同調などにより、複数の世界から転移者はやってくる。だが、それによってこの星本来の波動が乱され、星の滅亡を早めるという思想をもとにしている。
西方にもそのような考えの集団がないわけではないが、スマートフォンや通信技術など、アーシェの技術やその応用物の利用が広く認知されていて、そうした文化や技術への反感は少ない。
それに異星・異世界だからという理由で直ちに利用をやめた生活に戻るのが難しいというのもある。例えば、飛空艇の飛ぶ仕組みも、もとは別の星の技術の応用で、元の星では物を浮かせる力のある鉱石を使う所を、こちらは魔法や波動の作用で置き換えてあるものだったりする。
「見られたら何かあるんですか?」
夏樹が尋ねると、その人はついて来いと言って六人を少し路地に入ったところにある家に案内した。聞かれるだけでもまずいのだろうか。
まず、その人は「勝手にすみません」と謝り、名乗った。シェイファと名乗ったその男は、教団について話した。
「ええと、アーシェの機械を見られたらどうなるか、というお話でしたね。
彼らは、即座に取り上げて、それを壊します。もちろん、国の法律や、国際機関の条約で、他人のものを壊したという罪を課されます。彼らは賠償金を支払いはしますが、高額を払おうが、アーシェの機械を一つ壊した証として、むしろ支払えるだけ支払うこと自体を喜びます。家に支払いの証書を飾る者も珍しくありません。
……言いにくいことですが、数年前までは、修行だの善行を積むためだのと称してアーシェ人を探して殺してまわる者もかなりいました。このあたりの区画にはいませんが、港のほうのある区画にはそれで機関に逮捕された経歴のある者が何人も住んでます。」
そして、彼らの中には、異世界人を手助けする者にも罰を与えるべきであるという派閥がある。この町の住人にその派閥の者が居たり、スパイや見張りを送り込んで異世界人がいないか探してまわっている状態なのだ。事情を説明するには自宅や高級な店の個室にでも行くしかないのだという。
「面倒なのに、ぼくたちにわざわざ説明してくださって、ありがとうございます」
フリューシャと夏樹が頭を下げ、残りの四人も頭を下げた。ハユハユも申し訳ない、と謝罪した。
「良いんですよ。私たちのように、彼らのような思想を持たない者もいます。出来る限り、原理主義者と関わらないようにして暮らしている者のほうが、多いと思います。だから、この町のことを嫌わないでいただけませんか」
思わず立ち上がるシェイファに、六人がそれぞれ、まだひどい目に合ったわけでもないのだから街自体を嫌ってはいないことを述べた。シェイファは安堵の息をついて、そのまま食事の支度をするからと動き始めた。
六人が見た感じ、一人か夫婦だけで暮らしているような家で、六人と一体分の食事をもらうのは申し訳ないと、フリューシャは断って立ち去ることにした。
シェイファは代わりに、とその路地にある店を案内してくれた。その料理店で六人と一体は彼と共に美味しい魚料理を食べた。
アーシェのマグロほどもあるかなり大きな魚を蒸しあげたもので、大皿から取り分け、香辛料や野菜を煮込んだたれで食べる。
たれをまとめている魚醤は、醤油に慣れている夏樹はすぐ慣れたが、他の五人はもっと味の薄いくせのないたれを上からかけて味を変えていた。
食べながらも周りに注意してみると、統制語や西方なまりの言葉で話している者が何人かいることに気付いた。シェイファは東方に似た、この町の訛りのある統制語で話しており、街の人と話すときは東方語でしゃべる。
聴きとってみると、自分たちの話も混ざっていることに六人も一体もすぐ気づいた。しかし彼らのテーブルまで近づいて話しかけてくるとか、妙にちょっかいをかけてい来るとか、そういう輩はいなかった。