飛空艇が往来する街
南大陸の北部をほぼ覆う「長耳族の森」は、実は中央付近で東西二つに分かれている。植生もやや異なる。そこにはもともと小さな集落があったが、現在では、開墾してアメリアなどの都市並みの広さを持つ大市場となっている。港以外で新鮮な物資や新しい情報が入る随一の場所に変貌した。
フリューシャたちが町に入るとき、急に影ができた。建物は二階建てまでしかなく、まだ先のほうに見えてきたばかりだった。それに、建物の影が見る間に動くことはないだろう。
見上げると、大きな何かがすーっと移動していった。船のような丸みを帯びた胴体が通過していく。シェーリーヤ世界最大の輸送手段である飛空艇である。
飛空艇は一〇〇年近く前に原型が完成していたが、アーシェのような翼をもつ飛行機(飛行機械とも呼ばれる)はまだ開発が始まって数年といったところか。安定して運用されているのは小さな複葉機しかなく、政府や王室の要人が少数で移動するとか、金持ちの道楽にしか使われない。それに、飛行機には長い滑走路が必要だ。飛空艇よりも場所をとる。
「わああ、やっぱり大きい。それに、これを見るとやっぱり異世界って感じしちゃうなあ」
夏樹がはしゃぐ。転移時からこちらに定住し骨をうずめるつもりだと公言しているが、やはり、飛空艇は異質に感じるのだ。それどころか、航路近くに住んでいない他の五人から見ても、異質で異様で、変なものなのである。
「いつも思うんだけど、あんな大きなものがどうやって飛ぶんだろう」
「あれでどれくらいの荷物が一度に運べるのかしらねえ」
「遠くに建物が見えてきたよ。……こんなに土地が空けてあるってことは、飛行機も来るように滑走路というのを作るんだね」
「……あれに人間と爆弾を詰めたら、ツァーレンも一撃で滅びるだろうな」
「うむ。だがそーいう話はやめておくのだ。少なくともわしとお前さんだけの時にせえよ」
「分かってるさ。俺だってあいつらとそういう話はしたくない」
街は碁盤の目のように整備され、囲むように平らにならされた土地があった。一部は既に飛空艇の離着陸用に使われている。
飛空艇は飛行機よりはるかに短い滑走路で済むし、巨大で荷物を運ぶ効率は良いのだが、短い距離を機敏に移動することはできない鈍重なものなので、離発着場はかなり少ない。整備場を除けば世界中でまだ十にも満たない。技術と古い魔法が合わさった、不思議な乗り物である。
飛行機ほどうるさくはないし、揺れや衝撃もずいぶん少ないが、機動性はかなり悪い。といっても、そんな急な方向転換が必要になる事態があったら飛行機でもよろしくない。
街のものには厳密な高さ制限がある。建物がみんな二階建てで作りが似ているのもそのせいである。一階が店で二階が住居という作りになっている。
制限が厳格に守られているのは、もちろん、離発着する飛空艇に引っかからないようにするためだ。高いのは、離発着場のはずれにぽつんとある管制用の塔だけだ。これは逆に、あえて三階建てくらいの高さに人がいるようになっている。
北方の産品である熊の毛皮を使った鞄の店だとか、中央山脈高地の碧眼の民の伝統刺繍で彩られた衣類など、産地から離れると大量には見られないものが、乗鳥用荷物いくつぶんも一度にやりとりされている。
衣服や革の加工品ならともかく、中央高地の野菜を魔法で凍らせたものが売っているなんて、現地を離れたらアルネアメリアくらいでしかお目にかかれない。手持ちがたっぷりある今なら、食べる分目いっぱい買っても困らない。
「買おう。うん。」
高地野菜に目がくらんだ六人と一体は、ひと箱丸ごと葉物野菜を買って宿に持ち込み、サラダや浅漬けにしてもらった。もうひと月は食べていない味である。宿の人も笑っていた。
「あたしらは売るだけで、自分で食べることは考えてないからねえ。一緒に食べようなんて言われたのは初めてだよ。」
レア野菜効果で宿代が安くなった六人は、出発までの数日間毎日やらかした。次の宿までずっと、携帯食料と野草をもそもそする羽目になったのは言うまでもないかもしれない。